忘れさせ屋のドロップス
「有桜っ!」
身体がビクッと跳ねた。声ですぐに分かった。
「……泣いてんの?」
荒い呼吸を整えながら遥が隣に腰掛けた。
私が見上げるより先に、遥は私を強く抱きしめた。
「は……るか」
「……探しただろうが」
遥が肩を上下させながら、安心したかのように、小さく息を吐き出した。
「何で?……分かった、の?」
少しだけ間があった。
「何となく……そんなことより……何があった?」
何となく?何となくで私が家に帰れなくて、公園に座ってることなんて分かるんだろうか。
遥の体温は私より高い。男の人に抱きしめられた事なんて一度もない。
それなのに、遥に抱きしめられるとほっとする。ずっとこうしていて欲しいのに胸が苦しくて、堪らなくなるのは何でなんだろう。
「……言えない。ごめん……なさい」
涙で声が震えた。
私から少しだけ身体を離すと、遥が私の頬に触れた。
すぐにその綺麗な薄茶色の瞳が、大きく見開かれる。
「どした?ここ……」
遥が言ってるのは、あの人に叩かれた口元の傷の事だろう。
途端に涙が溢れて、私は首を振った。
「何でも……ないっ……」
遥に見られたくなくて、私は口元の滲み出た血液を強引に拭おうとした。
「有桜!」
咎めるように私の名を呼ぶと、遥はガラス細工にでも触れるかのように傷口にそっと触れた。
「痛かったな……」
「……遥……ひっく…」
言いたくなかった。母親に叩かれたこと。
「有桜、ちゃんと言って……誰にこんな事された?」
「……ひっく……私……っ……」
「……有桜?ゆっくりでいいから」
遥のあったかい掌が私の背中を優しく摩る。
「遥……っ……ひっく……」
「大丈夫だから……」
見上げた遥は、私よりも悲しそうな瞳をしてた。
でもその瞳は、私の全部を受け止めてくれそうで……分かってくれる気がして。
「……お母さん」
絞り出すように、その言葉を吐いた途端、涙は止まらなくなった。