15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
 私はため息をつくと、自分のベッドの上のカーディガンを持って部屋を出ようとした。

「けど、お父さんにはいつもお世話になっているのでって、わざわざ誰もいないところでくれたぞ?」



 子供に見栄を張らなくても……。



「それって、浮気じゃん!」

「お前はすぐに浮気とか言うのやめなさい」

「お母さん、見て! どう思う? 浮気だと思う?」

 由輝が父親の手からタブレットを奪い、ベッドを飛び降りる。

 そして、私の目の前にタブレットを差し出した。

 精神年齢はともかく、既に私の身長を抜いている由輝に見下ろされ、目の前のタブレットに注目する。

 会社の制服を着ていて、ふんわりパーマがかった肩までの髪をハーフアップにしている。耳には、ピンクのピアス。リップもピンク。

 彼女の左右にも同じ制服らしい肩の部分が見えるから、社内で撮ったもののようだ。

 私は、彼女によく似た人を知っている。

 よく似ているだけで、別人だが。

「ホント、可愛いね」

 あまりに抑揚のない声が、自分のものではないように聞こえた。

「お父さんが好きそうなタイプ……」

「お母さん?」

 息子の声にハッとする。

「ホント、若い! いくつ? こんなに若いんじゃ、お父さんなんておじさんでしょ」

 おどけてみせた。

「確かに~」と、和葉。

「そうでもないぞ? 確か、二十八……だったかな?」

「思ったより若くない!」

「失礼だな」

 夫と子供が笑う。

 私も笑う。

 笑っているように、見えたと思う。

「あ! お兄ちゃん、コンパス!」

 ようやく思い出した和葉が、由輝に言う。

「自分のはどうしたんだよ」

「学校に忘れて来ちゃったの! 宿題で使うから今だけ貸して!」

 子供たちがバタバタと寝室を出て行く。

 私は由輝が押し付けていったタブレットを、和輝に渡した。

「お返しが必要なのはこの子だけ?」

「ああ。あとは、他の奴らとまとめてだな」

「そ」

「お母さん?」

「なに?」

「どうした?」

 夫が、私の顔を覗き込む。

「なにが?」

「おっかない顔してるぞ」

「ははっ……。失礼ね」

「まさか、本気で浮気なんて――」

「――可愛い子に貰ったチョコ、一人で食べたの? ずるいんだから」

 うまく笑えていたか、わからない。

 わからないから、逃げ出した。

 逃げ場なんてないのに、逃げ出した。

 築十三年の私のお城。

 ローンが二十二年残ってるこのお城の、どの辺が私たちのものなんだろう。

 私は洗面所の棚からシャンプーを取り出し、まだ湿気の残るお風呂場でボトルに付け替えた。

 ドラマでよく、「私はあなたのお母さんじゃない!」なんて妻の台詞を聞くけれど、まさか自分がそんな風に思う日がくるなんて思ってもいなかった。

 もう何年、私は名前を呼ばれていないのだろう。



 ねえ? 私、柚葉(ゆずは)っていうの、憶えてる?


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