時価数億円の血脈
目の前の無表情の男は一度だけ頷いた。
その時覗いた目が獲物を追い込むような、薄暗いなにかが抱えてあるような気がして身震いしたが、断れないことを悟り、一週間後には診療所にいた。都市部から離れたところにあるそこは周りも田畑くらいしかなく、家がぽつんぽつんとあるくらいののどかな場所だった。印象だったのは庭があり、一本、桜の木があった。今は初夏で葉が青々としている。
私の唯一知っている花である。
彼は無表情なだけで、大変甲斐甲斐しく世話焼きな人だった。
勿論研究対象というのはあるが、食事から、起床時刻などでだめなところがあれば叱った。
「こんな生活してたら、この病気がかからなかったとしても、別の病気になっているだろうね」
諦めたように、溜息をつかれることはしょっちゅうだった。血圧などの数値をみても顔を顰めるのだった。どんな薬を渡しても原因がわかることはない。わたしが生への感情の整理をするのと反比例するように、彼は私の延命、完治に没頭した。なぜ、そこまで。医者としてのプライドなのか、情なのかわからないが彼はもくもくと観察し、叱り、研究した。