オリオンの夜に〜禁断の恋の果ては、甘く切なく溶けていく〜
俺は、緩めていたネクタイを締め直して、一呼吸してから、久しぶりに専務室の扉をノックした。

ーーーー春樹に、聞きたいことがあったから。

あの夜、屋上で話してから、俺はちょうど新しい企画が通った事もあり、外勤も多く、春樹も商談や打ち合わせでほとんどを、専務室で過ごしていて、結局あれから、俺達は、会話はおろか、すれ違うことすら無かった。

「どうぞ」

そろそろ俺が、訪ねてくる頃かと思っていたのか、扉を開けば、すぐに春樹がデスクから、立ち上がって、ソファーに腰掛けた。

春樹に会うのは、屋上で話した以来だ。少しだけ痩せた気がするのは気のせいか。

「久しぶりだな、座れよ」

春樹は何も言わない。

もしかしたら、この間、明香から何か聞いたのかもしれない。明香が、春樹に黙って俺に会いにくるとは、考えづらいから。

俺が、ソファーに座るとすぐに、春樹が口を開いた。

「この間は、殴って悪かった」

思わず、春樹を見た俺を、春樹が、眉を下げて頭を下げた。

「やめろよっ……春樹は何にも悪くないだろ」

「……俺さ、……お前のこと何にも分かってやれてなかった……兄貴面だけ、してさ、お前のしんどいのなんて、気づきもしないでさ、自分のことばっかで……ほんとごめん……」

「何で春樹が、謝んだよ、謝るのは俺だろ?……明香を……俺は……」

「明香は幸せにするから……必ず」 

春樹は、俺の言葉を遮ると、真っ直ぐに俺を見た。その瞳は、明香への想いと強い覚悟に満ちた目だった。

「……春樹なら、安心して明香を任せられるから」

「生涯かけて大切にする」 

「ああ、春樹にしか頼めない」

春樹が、ほんの少しだけ、視線を揺らす。

俺は、ポケットから煙草を取り出すと火をつけた。

「何?俺に他にも聞きたいことでもあるのか?」

「何で?」

「お前は言いにくい事や聞きにくい時、煙草に手をつけるから」

白い煙を吐き出した俺を見ながら、春樹が、ふっと笑った。やっぱり春樹には敵わない。兄貴は、なんでもお見通しだ。

「じゃあ聞くけどさ……お前さ、人間ドックの結果どうだった?俺と受けに行ったよな?」

「人間ドック?異常なかったよ」

俺の視線を、真正面から受け止めると、春樹がいつも通りの穏やかな口調で返事をした。

「そっか……未央が……頭痛?心配してたから、俺も気になったから」

「未央か……なんでも大袈裟なんだよ、頭痛だって大したことない、疲れが出ただけだから」

春樹が、どことなく、ごまかしているように聞こえるのは何故だろうか?

「本当に?」

「いつから、俺にまで過保護になったんだよ」

春樹が、緩やかに笑った。

「分かった、安心したよ。……明香も心配するから、仕事無理すんなよ」

春樹が、唇を持ち上げた。

「書いてやるよ」

春樹が、俺のスーツの胸ポケットの折り畳まれた婚姻届を、指差した。

「できる男はちがうな」

俺が、差し出した婚姻届の証人欄にサインをすると、春樹が唇を持ち上げた。

「この間のこと一個訂正。……お前は、俺の大事な弟だからな」

ふっと笑った俺をみて、春樹が、やっと笑ったな、と目を細めた。  
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