オリオンの夜に〜禁断の恋の果ては、甘く切なく溶けていく〜
「……社長は、大事なことに限って仰られない方なので、心配です。冬馬の、頭取のお嬢様との結婚も初めから、離婚か破談にさせるおつもりだったでしょう?」

未央が、ふわりと笑った。

「社長が、強引な手を使うのは、全ては五千人の従業員とその家族の生活を守るため。神谷頭取との取引は、いまの松原工業の経営状況を考えると、必要不可欠なことでした。いまは、どの業界も円安で景気は不安定ですので」

よくできた秘書にはお見通しだ。 
 
「……ところで……未央はいいのか?」

少しだけ間があった。

「はい……春樹の幸せが私の幸せなので」

唇を、持ち上げた未央を見ながら、俺は、小さく、ため息を吐き出した。

「それと……あの……ご心配をおかけするかもと黙っていたのですが……春樹の人間ドックの検査結果を、社長名義で取り寄せさせて頂いても構わないでしょうか?」

「春樹は、どこか悪いのか?」

「頭痛を起こしてるところを見かけて、少し気になったので……」

「春樹は昔から体だけは丈夫だったからな、……心配いらないとは思うが、未央が言うなら取り寄せておいてくれ」

「ありがとうございます」

未央は、丁寧にお辞儀をした。

良い香りのコーヒーを、片手に窓に目をやれば、ボタン雪が舞い降りてきている。

「積もりそうだな」

「本当ですね、それでは、また午後の取引先とのお打ち合わせの時に参ります。失礼いたします」

ゆっくり扉が閉められたのを確認してから、手元の理恵子との写真を見ながら、あの日をふと思い出していた。

ーーーーたしか、あの日も雪だった。  

冬馬には、あぁ言ったが、本当は理恵子の妊娠の事をしっていた俺は、冬馬が生まれた日、理恵子から連絡をもらって産婦人科へ会いに行った。

生まれたばかりの小さな掌を撫でて、抱き上げた時の感触は忘れられない。

すやすや眠る我が子を抱いて、窓から夜空を見上げれば、オリオン座の一等星が輝いていた。

そう、俺が名付けたーーーー冬馬。

冬の夜空に輝く一等星のように輝き、夢に向かって、どんな事にも挫けずに、果敢に立ち向かっていく、強く逞しい子に育って欲しい。

そう願いを込めて、冬馬の名を呼んで、理恵子と抱き合って喜んだ日を、俺は忘れないだろう。

とても幸せだったから。

俺は、ボタン雪を眺めながら、短くなった煙草の煙を、肺いっぱいに吸い込んだ。
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