オリオンの夜に〜禁断の恋の果ては、甘く切なく溶けていく〜
「気をつけてな、帰り迎えにいくから」
「うん、分かった」
バスを降りて、松原工業本社ビルの前で俺は明香の掌をポケットから出した。
明香は大学で美術を専攻していた。松原工業本社と目と鼻の先のカルチャーセンターで美術講師として働いている。
明香と別れた俺たちは、ビルの入り口でIDカードを翳すとエレベーターで8階の最上階へとあがる。
「じゃあ、また夜に」
手を上げた冬馬に声を掛けた。
「冬馬、来月の役員会そろそろお前も出たらどうだ?」
役員会には、俺と冬馬の父親、現社長の幸之助、俺の他にも役職付きの古くからの幸之助を支えてきた上役達が出席している。
「俺、出世にも経営にも興味ねぇからな。大体、愛人の子が出たら、ややこしいだろが。ただでさえ、上役の一部からは目つけられてんだからさ」
「冬馬はそういうとこ直せ。親父が自分の血を分けてるからってだけで、お前を企画課長にしてると思ってるのか?」
冬馬は企画課長室のドアノブに手をかけた。
「体裁じゃねぇの」
「あんなクソみたいな親父だけどな、経営に関しては、プロだよ。それこそ、あの親父の才能だ。悔しいけどな。お前の手腕を親父はわかってるよ。お前が親父に会いたがらないだけで、俺にはお前の話もでるからな」
一瞬、冬馬が俺をみた。冬馬の切長の瞳は親父によく似ている。
「ようは仕事のできる弟を褒めてんだけどな、俺は」
唇を持ち上げた俺に冬馬が、気だるそうに視線だけ向けた。
「……役員会ね、考えとくよ」
「いい返事期待してるよ……でさ、冬馬、やっぱ代わりに明香迎えにいけるか?」
「何で?…別に構わないけど?」
冬馬の返事に少しだけ間があったのは気のせいか?
「悪いな、明香に食べさせたいケーキ屋が少しだけ遠くてさ」
「そうかよ、朝から腹一杯だわ」
冬馬がふっと笑った。