あのっ、とりあえず服着ませんか!?〜私と部長のはずかしいヒミツ〜
 岳斗(がくと)は淡く笑みを浮かべて告げられた杏子(あんず)の言葉に、「そう……」と小さくつぶやいた。自分が母親を亡くしたのは一〇歳を過ぎてからだったし、杏子の言葉を借りるならば母との思い出が記憶に残り過ぎている。母が亡くなる少し前にいきなり現れた父親と名乗った男とは、親子としての関係自体最初から破綻(はたん)していたし、父に引き取られたことで出来た義母からは虐待されて育った。

 結果として、岳斗は穏やかに微笑む表情の裏側で、どす黒い感情を抱いていることがあるような、二面性のある人間になってしまった。

 羽理(うり)の、母子家庭という生い立ちを知った時にも感じたけれど、片親というのがすぐさま自分のようなひねくれた人間を形成するのではないのだと思い知らされた気がして――。

(僕も父親といい関係を築けていたら少しは違ったのかな)

 実父との二人きりの幼少期を〝幸せだった〟と言い切れる杏子(あんず)のことが、岳斗にはまぶしく見えた。

 羽理にも感じたけれど、岳斗はどこか自分と共通の生い立ちをしているくせに、自分にはないものを持っている人に強く惹かれるところがある。
 逆に大葉(たいよう)みたく持ち過ぎている相手には激しい嫉妬を覚えるのだが、人は人、自分は自分だと思えないのは心の中にぽっかりと何かが欠如しているからだろうか。

 自分を外見で判断する女性たちのことを嫌悪しているくせに、自分は女性を見た目で選別している矛盾にも気が付いている。そういうのも含めて凄くイヤだと思うのに、なかなか直せない。

 ただ、ちょっと前までの自分なら分かっていても直す気なんてなかったはずなのだ。下手すると、『イヤな自分のままでいて、何が悪いんだ?』とすら思っていた。それを直したいと思えるようになったのはきっと、大葉(たいよう)のお陰だ。
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