あのっ、とりあえず服着ませんか!?〜私と部長のはずかしいヒミツ〜
 不測の事態ではあったけれど、ここで慌てる素振りを見せては不利になる。そう思った杏子(あんず)は、『送信完了』の文字を見せながら、「たったいま、ここでのやり取りを録音したデータを信頼の出来る人へ送りました」と強がったのだが、どうやらそれが功を奏したらしい。

「じょ、冗談だよ、美住(みすみ)さん。真に受けないで?」

 慌てたように課長の手が離れて、杏子(あんず)はその場に座り込んでしまいそうになった。でも、ここで弱っているところを見せるわけにはいかないと、痛くない方の足に力を入れてグッとこらえた。

 それと同時――。

 手にしていたスマートフォンが着信を知らせて震えるから、杏子はビクッと肩を跳ねさせて画面を見やる。

「で、電話だね? 私は先に仕事へ戻るから……その、相手の方には上手く言っておいてもらえるかな? あ、足も痛そうだし……そうだ。必要なら早退しても構わないからね? わ、私がうまく取り計らっておくから」

 これ幸いと、そそくさと小会議室をあとにしていく中村課長の背中を呆然と見遣りながら、杏子は手にしたままのスマートフォンを見詰めた。

岳斗(がくと)……さん?)

 そこでさっき、変なデータを岳斗宛に送信してしまったことを思い出して、慌てて通話ボタンを押した。

「もしも……」

 杏子が「もしもし」という間を惜しむみたいに、電話先の相手――倍相(ばいしょう)岳斗(がくと)の『杏子ちゃん、大丈夫!?』と言う声が被さってくる。

「あ、あの……すみません、私……岳斗さんに変なデータ……」

『うん。聴いた。で、今どこ? 会社の中? 〝課長〟とやらはまだそこにいるの?』

「え? あ、……はい。……いえ! もう一人です……」

『分かった、すぐ行く』

「あ、あの……岳斗さんっ!?」

 杏子が、『すぐ行くってどういうことですか?』と問い掛ける前に、通話は切れてしまっていた。

 すぐに折り返してみたけれど、コールするばかりで繋がらなくて。

 杏子は小会議室の中、一人呆然と立ち尽くした。
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