あのっ、とりあえず服着ませんか!?〜私と部長のはずかしいヒミツ〜
 エントランスをくぐってすぐ。岳斗(がくと)は真正面に位置づけられた受付けへ近付くと、ふんわり人懐っこく見える営業用スマイルを浮かべて名刺入れから『土恵(つちけい)商事 総務部財務経理課長 倍相(ばいしょう)岳斗(がくと)』と書かれた名刺を取り出した。

土恵(つちけい)商事の倍相(ばいしょう)と申します。十時半に御社の経理課・美住(みすみ)様とお約束があるのですが」

 社屋に入る前、確認した時計は十時二十分を指していた。杏子には先程電話で根回し済み。アポありで訪ねてきたと告げた方が取り次いでもらいやすいことは経験上知っているから、とりあえず受付けに土恵(つちけい)から杏子に来客が来る旨を伝えておいて欲しいとお願いしておいた。杏子に会ったら、用事なんて適当にでっち上げればいい。

 二十代前半くらいだろうか。セミロングの髪の毛をくるんと内巻きにした品の良さそうな受付嬢は、目の前に立つ岳斗を前に、お辞儀をすることも忘れて固まってしまったみたいだ。綺麗どころとして会社の顔に選ばれ、それなりにきちんと日々の役割もこなしているであろうはずなのに、彼女はまるで職務放棄したみたいにどこかポォッとした表情で岳斗に見惚(みと)れている。

 だが、こんなことは自分と初対面の女性には割とありがちなことだ。
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