あのっ、とりあえず服着ませんか!?〜私と部長のはずかしいヒミツ〜
 このまま岳斗(がくと)の前で転んだりしたら、また心配を掛けてしまうと泣きたくなった。初めて居間猫(いまねこ)神社で出会った日、岳斗が自分でも気付いていなかったひざの傷を手当してくれたのを走馬灯のように思い出しながら、杏子(あんず)は衝撃に備えてギュッと目をつぶった。けれど、思ったような痛みがこない代わりに、ふわりと誰かに抱き留められて――。

「杏子ちゃん、大丈夫?」

 それと同時に聞こえてきたのは杏子を気遣う優しい声と、心地よい鼓動。そうして自分を包み込む温かなぬくもりとともに鼻腔をくすぐってきたシトラス系の爽やかな香りに、杏子はやっとのこと状況を把握して、どぎまぎした。

 社内では孤立無援。誰も杏子をこんな風に気遣ってはくれなかったから余計に嬉しくて、泣いちゃ駄目だと思うのに鼻の奥がツンとして視界が水の膜でゆるゆると(にじ)んだ。

 でも、このままでは岳斗に迷惑が掛かってしまう。

「あの、岳斗さん。私、もう大丈夫なので……」

 そう思い至ってやっとの思いで紡ぎ出した声は、情けないくらいに震えていた。
< 482 / 539 >

この作品をシェア

pagetop