あのっ、とりあえず服着ませんか!?〜私と部長のはずかしいヒミツ〜
***

「ごめんね、杏子(あんず)ちゃん。そんな顔見せられたら……お願いされても手、離せないや」

 岳斗(がくと)が吐息交じりに告げた言葉に、杏子は思わず彼の方を見上げて……その動きで辛うじて落ちないでいた涙がポロリと頬を伝った。

「……歩ける?」

 そのことに少なからず動揺した杏子は、続いて投げ掛けられた岳斗の言葉に上手く反応することが出来なくて、返事に間があいてしまった。それを〝否〟だと受け取られてしまったのだろうか。

「じゃ、仕方ないか」

 ふわりと微笑んだ岳斗に、あっという間に横抱きに抱え上げられて、杏子は余りのことにアワアワしてしまう。

 そのままスタスタと経理課を出て廊下へ歩みながら、
「ごめんね? 僕も目立つことはなるべく避けたかったんだけど……」
 岳斗はそう謝罪してくれたのだけれど、どこか嬉しそうにクスッと笑い混じりに言うから、本当に悪いと思っているのか怪しいなと思ってしまった杏子である。

 そんな岳斗に向かって、杏子は「あ、あのっ、私……」〝歩けます!〟と続けようとしたのだけれど……。口を開きかけたと同時に岳斗の舌打ちが聞えてきて(え?)と言葉に詰まる。

「――何の用?」

 今までの語り口とは全く違う、どこか冷え冷えとする声音は、本当に岳斗から発されたものだろうか?
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