あのっ、とりあえず服着ませんか!?〜私と部長のはずかしいヒミツ〜
近衛(このえ)社長は彼と……そちらのヤスイアヤナさんがお付き合いされていたのはご存知ですか?」

「え? ああ、まぁ存じ上げていますが……」

 コノエ産業では社内恋愛は禁止ではないのだろう。何故いきなりそんな話? と(いぶか)りつつもうなずいた様子の近衛社長に、岳斗(がくと)は心底面倒くさいなと思いながらも続けた。

「ことの発端はそこのササオさんが《《僕の大事な》》美住(みすみ)さんにセクハラしようとしたことです」

 さり気なく〝僕の大事な〟と付け足して杏子(あんず)のことを引き合いに出すと、岳斗は自分のすぐそばでギュッと身体を固くしている杏子に視線を向ける。そうして彼女の耳元へ唇を寄せると、「杏子ちゃん、自分で話せそう?」と静かに問い掛けた。その声は、他の人たちに発するのとは全く違う、心の底から杏子のことを気遣う優しい声音だ。

 岳斗は大切でない相手に気を遣う気はさらさらない。処世術として基本的にはふんわりした印象を心掛けるようにしているけれど、この会社(ここ)ではそんな仮面を被る必要はないと判断した。

 いわゆる〝()〟をさらけ出すみたいに冷たい物言いで淡々と語っている岳斗だけれど、杏子だけは別だ。意識しなくても自然と優しい声で語り掛けたくなる相手は、荒木(あらき)羽理(うり)を除けば初めてかも知れない。


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