あのっ、とりあえず服着ませんか!?〜私と部長のはずかしいヒミツ〜
 それは、土恵(つちけい)商事の社長の甥っ子である大葉(たいよう)に勝てたという、岳斗(がくと)の中での密かな自負だったのだけれど。

(結局僕は大葉(たいよう)さんには敵わなかったんですよね)

 杏子(あんず)のおかげで今はもう未練なんてないと言い切れるけれど、それでも荒木(あらき)羽理(うり)のことを思い出すと苦いものがこみ上げてくるのは事実だ。

(まぁあれは欲しがっているのを知られたくないと慎重になりすぎた結果だから仕方ないんですけど)

 岳斗は人を《《たらしこむ》》のが得意だったはずなのに、何故か荒木羽理に対してはそれをうまく発動出来なかった。

 荒木羽理という女性がどこかズレていたのもあったかも知れないけれど、不意に横から出てきた屋久蓑(やくみの)大葉(たいよう)に呆気なく彼女の心を()(さら)われてしまったことを考えると、やはり真正面からぶつからなかった自分が悪かったんだろう。

 大葉(たいよう)のことを敬愛している今となっては、彼の婚約者(フィアンセ)である荒木羽理(はつこい)の相手はとうに諦めている岳斗だ。けれどその分、美住杏子(新しい恋)は何としても成就(じょうじゅ)させたい。


「そ、それはそう、です、ね。それで……あの……岳斗さん。私、岳斗さんになんとお礼を言ったらいいのか……それからどうやってこのご恩をお返ししたらいいのか……よく分からなくて困っているんです」

 ソワソワモジモジする杏子のことが可愛くてたまらないと思ってしまうのは仕方がないことだろう。

「杏子ちゃんは深く考えすぎなんだよ。ただ一言『ありがとう』でいいと思うんだけどな? けど、そうだなぁ。きっとそれだけじゃ、杏子ちゃんの気が済まないんだよね? じゃあさ、僕からとっておきの提案」

 ――僕のことを〝恋人〟に昇格してくれないかな?

 そう告げようとした矢先のことだった。マナーモードにしていた岳斗の携帯電話が着信を知らせてブルブルと震え出したのは。

 最悪のタイミングで邪魔してきた電話の相手は、岳斗(がくと)が大嫌いな実父・花京院(かきょういん)岳史(たかふみ)だった。

 どうやら近衛(このえ)社長から岳斗(むすこ)のコノエ産業への介入を聞いたらしい。もしかしたら案外コノエの中に岳史(たかふみ)のスパイが混ざり込んでいた可能性もあるな、と思いつつ、岳斗は胸糞の悪い男の話し声を耳に入れる。

 覚悟はしていたことだけれど、やはり最悪なことに岳史(たかふみ)の言い分は、『自分の威光を使うからにはそれなりの見返りを渡せ』というものだった。

 要するに自分の名前を使いたいなら、息子――つまりは花京院(かきょういん)岳史(たかふみ)の跡取りとして『はなみやこ』へ帰ってこいということらしい。

 正直杏子(あんず)を第一に守りたい岳斗に拒否権などなかった。
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