あのっ、とりあえず服着ませんか!?〜私と部長のはずかしいヒミツ〜
 元より父親(クソ男)の名を持ち出した時点で、遅かれ早かれそうなることは分かっていた。そこは腹を(くく)っていたつもりの岳斗(がくと)だが、ひとつだけ懸念しているのは、あちらへ連れ戻されることで自分の色恋沙汰まであの男にコントロールされかねないということだった。

 そもそも、岳斗は杏子(あんず)をあの家と関わらせたくない。

 はなみやこへ戻る条件として、岳斗の交際相手については一切口出ししないこと、住む場所は現状のままにして欲しいと提示した岳斗だったのだが、そこはさすがに相手も心得たもの。

岳斗(がくと)。褒められたことじゃないが、どうやらお前は女のためにコノエ産業に介入しようとしたらしいな。どうせそれを拒否したらお前を繋ぎ止める(すべ)が私にもなくなると言いたいんだろう? どこの馬の骨とも分からん娘を花京院(かきょういん)に入れるのは不本意だが、そこについては目をつぶってやろう』

 吐息まじり。全て知っていると告げたその男の声に、岳斗は言外の言葉を垣間見たようでゾッとする。

――最悪その女を愛人にすることも視野に入れられるよう取り計らってやろう。

 実際にそう言われたわけではないけれど、あの男なら全てが終わった後で手のひらを返したようにそう言いかねない。

「《《オトウサン》》。何か勘違いをしていらっしゃるようですが、僕の苗字は花京院ではありません。倍相(ばいしょう)ですよ?」

 力を持たない子供だった岳斗へ、虐待の限りを尽くしてくれた花京院麻由(ままはは)だったけれど、ひとつだけあの女に感謝できることがあるとすれば、(かたく)なに自分のことを花京院の姓に組み入れることを拒んでくれたことだ。

 そのおかげで、岳斗は岳史(たかふみ)に実子として認知はされているけれど、あの男の戸籍には入っていない。

 倍相(ばいしょう)真澄(ますみ)の息子の倍相(ばいしょう)岳斗のまま、あの男の財産だけは受け継ぐことができる。

 きっと麻由(あの女)はそれも強固に拒んだに違いない。だが、岳史(たかふみ)は岳斗を花京院に縛り付けるため、自分が父親だと認知だけはしてくれたのだからお笑い(ぐさ)だ。

 このまま花京院の方へ戸籍の異動なしに死ぬまで逃げ切る。

 岳斗は、それだけは守り抜きたいと思っている。


***


岳斗(がくと)さん?」

 電話を終えるなり、岳斗は眉間に皺を寄せて立ち尽くしてしまっていたらしい。

 杏子(あんず)に心配そうに顔を見つめられて、ハッと我に返った。

「あ、ごめんね、杏子ちゃん。イヤな相手からの電話だったものだからつい」

 言って、電話が掛かる直前、自分は杏子へ何を言おうとしていたのかふと考えて、ダメだ……と吐息を落とす。
< 517 / 539 >

この作品をシェア

pagetop