あのっ、とりあえず服着ませんか!?〜私と部長のはずかしいヒミツ〜
(あの男が出てきた以上、下手に動いて杏子ちゃんを巻き込むのは危険だ)

 本当なら自分と付き合って欲しいと言いたかった岳斗だったけれど、花京院(かきょういん)岳史(たかふみ)からの連絡を機に、考え方を切り替えた。

(電話が掛かってきたの、杏子ちゃんに『恋人になって欲しい』って言う前でよかったのかも知れない)

 そう思いながら、岳斗は杏子の手をギュッと握りしめる。

「さっきの話の続きなんだけどね、ちょっとだけでいいんだ。僕のことを〝友達〟じゃなくて〝一人の男〟として意識して欲しい。それが僕からのとっておきの提案なんだけど……どうかな?」

 胸にチクリとした痛みを(ともな)いつつ、岳斗(がくと)はそれを顔に出さないよう精一杯優しく微笑んでみせた。


 杏子(あんず)は岳斗の言葉を聞いてどうしたらいいのか分からないという風にドギマギしてから……じっと自分を見つめる岳斗に観念したように小さく吐息を落とすと、恥ずかしげに伏し目がちで「分かりました……。岳斗さんのこと、お、男の人として意識……する……ように、します……」と消え入りそうな声でつぶやいた。

 それからハッと思い出したように顔を上げると、今度ははっきりとした声音で「あ、あとっ! 私の汚名を晴らしてくださってありがとうございました! もう誰も信じてくれないと諦めていたので、すごくすごく嬉しかったです!」と付け加える。

 岳斗(がくと)はそんな杏子(あんず)の嬉しそうな顔を見てほとんど無意識。

「気にしないで? 杏子ちゃんが笑ってくれると僕も嬉しいから」

 何の計算もなくそう言えていた。

「えっ」

 岳斗の言葉に驚く杏子を見て、岳斗は表情を引き締めた。

「杏子ちゃん、僕はキミのことが好きだ。キミのためなら喜んで死ねると思うくらい、僕にとってキミは特別で大切な存在だよ。お願い。それだけは覚えておいて?」

「あ、あのっ、岳斗さん。私……」

 杏子が何か言おうとするのを察した岳斗は、杏子をグイッと引き寄せて抱き締めた。

「お願い、杏子ちゃん。今はまだ返事をしないで?」

 ――それをされてしまうと、キミを花京院家(ぼくの家)の問題に巻き込んでしまうから。

 心の中でそんなことを付け加えつつ、岳斗は(〝今はまだ〟って〝いつになったら〟大丈夫になるんだろう?)と、ぼんやり考える。

 自分はやっぱり、本当に欲しいものは手に入れられない運命なのかも知れない。
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