原田くんの赤信号
 その闇は、わたしが強く瞼を閉じたから訪れたもの。瞳を少しずつ開けてみると、原田くんの肩越しに、(ひら)いたままの傘がひっくり返って転がっているのが目に入る。

 歩道傍で尻もちをついたわたしは、自身の手のひらを眺めてみた。そこには少し砂利が付着しているが傷はなし。腕も足もどこも、痛くはない。

 助かった、のだろうか。

「は、原田くんっ……」

 わたしは無傷だが、わたしの肩に顎を乗せてもたれかかる原田くんの顔は、まだ確認できていない。

「原田くん、あ、ありがとう……」

 最後の最後まで、原田くんは諦めないでいてくれた。最後の最後で、こんなわたしを助けてくれた。
 だから次に目を合わせれば、きっと彼に叱られるのだろう。

 ほら言っただろう、俺を信じておけばよかったのにって、怒鳴られるかもしれない。

 だから、原田くんの顔を覗くには少しだけ勇気が必要だった。叱咤される覚悟を決めて、彼の顔を見やる。

「え……」

 だけどそこには、わたしの知らない原田くんがいた。

「原田、くん……?」

 額から血を流し、双眸をしまった原田くんの意識はどこにもなし。ただぐったりと、わたしに体重を預けているだけだ。

 サーッと引いていく、血の気。
 生きているのに、生きた心地がしなかった。

「ちょっと嘘でしょ……ねえ、原田くん!原田くんってば!」

 ゆさゆさと肩を揺らしても、反応一切示さない原田くん。
 パニックに陥りそうな状態で後ろを振り返り見れば、そこには原田くんの額の傷の原因であろう一本の電柱が見えた。
 要らぬ余計な釘が、突き出ている。

「や、やだよっ……やだよ原田くんっ……!」

 一体どれが真実で、どれが作り話なのか、判断がつかなくなってしまった。
 今日死ぬのはわたしの方で、明日を生きるのは原田くんのはずなのに。
 どうして今、彼は息をしていないのか。もしかしたらこれが夢であり、妄想の中なのではないだろうか。

「原田くんってば!!」

 雨が静かに降り注ぐ。
 集まった野次馬の声も、半壊した車の中から這い出てきた運転手の声も、わたしの耳には届かない。

 わたしの頭に木霊するのは原田くん、あなたがくれた、言葉だけ。

 瑠美お願い。俺といよう?ずっとずっと、俺のそばにいてよ。
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