お嬢様は完璧執事と恋したい

 悔しさのまま四十九階で待機していたエレベーターに乗り込むと、母の部屋がある四十八階も、自分の部屋がある四十七階も、家族の共用スペースとゲストスペースがある四十六階も通過する。

 部屋に戻って沢城に愚痴を言えば彼女は黙って聞いてくれるだろう。けれどまた父から呼び出されたり、最悪父が乗り込んできて説得されるかもしれないと思うと、とにかくここから逃げ出したかった。この想いを誰も認めてくれないのなら、いっそ一人になりたかった。

 本当は自分の立場を理解している。大企業の社長令嬢として生を受け、望むものは何でも自由に与えられてきた。二十一歳という若さでタワーマンションの上層階にフロア一つ分の広い住まいを持ち、専属メイドが常駐し、着るものにも食べるものにも制限がなく、十分な教育を受けて好きな大学に通わせてもらっている。

 澪の恵まれた生活はすべて父と父の会社で働く人々の功績の上に成り立っているもの。おかげで何不自由なく生きているのだから、その代償に父の決めた人と結婚するべきだと言われたら、澪にはぐうの音も出ない。

 けれど朝人がこの家に執事として仕えて始めて十年。毎日顔合わせる彼を恋愛対象として意識し始めて早六年。澪の恋心はもう自分ではどうにもできないぐらいに大きく膨れ上がっている。
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