貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈
「待てって!」

主任が後ろまで追いつき、私にそう言う。でも、そう言われても今更止まれない。私は無視して早足で歩いた。

「与織子!」

私を案じているのか、焦ったような、心配しているような声で主任は私の名前を呼ぶと腕を掴む。

「……離してください。家まで帰れば頭も冷えます。次からはちゃんと婚約者になりきります」

歩みだけ止めて前を向いたまま、冷えていない頭で、精一杯冷静を装いながら私は言う。

「バカか。こんな夜道を一人で帰せるわけないだろう」

きっと主任は呆れてるんだろうな、と私は思う。ふう君に任すと言われて、責任を感じているのだろうし。

「じゃあ……ふう君呼びます。心配しないでください」

私は腕を掴まれたまま、俯いて答えた。

「…………。駄目だ」

少し間が空き、主任からそう聞こえたかと思うと、急に背中に温かい空気が流れ込んだ。

「行かないでくれ。お願いだ……」

懇願するように、弱々しい声が頭の上から降ってくる。そして、フワリと背中に熱が伝わった。

「あ…………の……」

何が起きているのか、そのときすぐに理解できなかった。私が呆然としたままそれだけ言うと、私を抱きしめている主任の腕に力が入った。
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