貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈
扉が小さく開き、少し顔を覗かせたのはいっちゃんだった。

「与織子? 起きてたのか。体調はどうだ?」

もう主任に聞いたのだろうか? 帰って間もないだろういっちゃんはそんなことを言った。

「うん。大丈夫。いっちゃん、入って来てもいいよ?」

遠慮していたのか扉から動かないいっちゃんにそう言うと、気後れしたように部屋に入って来た。そしてベッドに座る私の横に座ると、見上げていた私のおでこに手を当てた。

「熱は……ないな。風邪ひいたって聞いたから心配でな」

そんなことすら筒抜けなのか、と少し息を吐いた。

「風邪かなって思ったけど違ったみたい。花粉症だったのかな?」

なんて私は笑いながら誤魔化す。いっちゃんは手を下ろすと、まだ心配そうに私を見ていた。

婚約者になったと報告したあの日、いっちゃんは九州のかなり秘境の温泉に行っていた。そして帰って来たのは昨日の夕方。電話であんな剣幕だったのだから、きっと何か言われるに違いないと思っていたのに、実際は何事もなかったようにたくさんのお土産を渡されて、お土産話を聞かせてくれただけだった。
ふう君だってそうだ。実家で婚姻届を書いていたときは反対していたのに、次の日このマンションに戻ったときは、そんな話はなかったように接してきた。

2人とも、きっとこの婚約の秘密を聞いた上で納得した、と言うところだろう。もしかしたら、主任に彼女がいることも知っているのかも知れない。

「与織子……?」

聞きたいけど聞けない。そんな複雑な思いが顔に出ていたのか、いっちゃんは私の顔を覗き込む。そして、ゆっくりと口を開くとこう言った。

「今なら……まだ後戻りできるぞ?」
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