童話書店の夢みるソーネチカ
 飲み込んだ文句が沸き上がるのを感じていると、椅子を元に戻し、筆箱に鉛筆を仕舞ったゆかが口を開いた。

「相談に乗ってくれてありがとうございました。ハロウィンの写真送りたいので連絡先おしえてもらえませんか?……千花さんにドレス見てもらいたいので。暗くなるので今日は帰りますね、千花さんもお仕事頑張ってください!」

「もちろん大歓迎、写真楽しみにしてるね。ゆかちゃんも気を付けて!」

 連絡先を交換した後、千花は手を振ってゆかを見送った。店内の振り子時計は五時四十分を指している。

 店の扉が閉じるのと同時に千花の心臓は鼓動を速めていた。お仕事頑張ってください……あれ、私お仕事どうしたんだっけ。

 ゆかの隣で作業してこいと柳木さんに言われて、カウンターを出て道具をもって椅子に座って、ゆかちゃんとお話をした。お話をするのはいい、けれどその間に作業……してない!

 閉店の午後七時まではあと一時間弱。途中で柳木が進捗の確認に来るかもしれないのに未だ成果はゼロだ。

 そもそも絵本の一ページ目にすら目を通していない。仕事中だということを忘れてゆかと話し込んでしまった。

 ただでさえ強面の柳木に怒られるのは避けたい。慣れてきたとはいえ不活性な女子高生の心臓は脆いのだ。

 体の向きを変え、ずっと抱えていた絵本を机の上に乗せる。

 何度見ても美しい『シンデレラ』の表紙を開くと、真新しいページの抵抗感が興奮を誘った。これから読み始めるんだというワクワクは新品のつやと肌触り、折りぐせのない一枚一枚に増幅されると思う。

 その新しさを霞ませたくなくて慎重にページをめくるのだ。

 千花の意識は、柳木とやり取りした時のように見開きのコート紙に吸い込まれた。

 目を奪われたとも感銘を受け妄想に浸ったということもない。まどろみの中、舟を漕いだ瞬間のような、区別のつかない酩酊感に支配され、意識を閉ざす。

 力の抜けた腕が網かごを弾いて、音が散乱した。
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