先輩とわたしの一週間
「……いや、あの、ここ……う、わっ!?」
「だからどうした?」

 ナンデモアリマセン、と晴香はつい、と視線を反らした。目が慣れれば相手の姿もはっきりと分かる。どうやら風呂に入っていたらしい。首からタオルを掛け、髪は濡れている。当然、と言うべきか上半身は裸で、スウェットのズボンを穿いているのがとにもかくにもありがたかった。これで下着だけ、もしくは全裸であったならば自分は夜中にも関わらず大声を上げていただろう。

「気分はどうだ?」
「あ、はい、概ね良好です……で、ですね先輩」

 ここは? と口を開きかければ先んじて答えが返る。

「俺の家」
「あ、ですよねなんかすごい先輩の家って感じです」
「どんな感じだよ」
「え? 殺風け……さっぱりしてるなって! 余計な物がない感じ-」
「日吉ぃ……」
「でもってあの先輩わたしはですよ」
「見事に寝落ちってくれたんだよ。放置して帰るわけにいかねえし、かといってお前の家知らねえから」
「ご……ご迷惑を」
「ホントにな。で、お前覚えてんのか?」
「……なにを?」
「店での会話」
「あー……なんと、なく?」

 居酒屋での記憶はあるかと問われ晴香は今度は視線をさ迷わせた。一緒に飲んでいたのは当然覚えている。仕事の愚痴がほとんどであったけれども、会話自体はとても楽しかった。

 が、しかし。

 その具体的な中身が思い出せないでいる。特に後半ともなれば壊滅的だ。きっとそこでおそらく絶対に間違いなくとんでもない事を口走っていたに違いない。だって目の前に立つ葛城の顔が職場で見せる「お前ほんとになあ」という呆れたものであるからだ。
 ガシガシとタオルで髪を拭きながら葛城が軽く腕を動かした。飛んできた物は紺色のタオルで、晴香はそれと葛城を交互に見比べる。

「ひとまず顔でも洗ってこい。そしたら少しは頭も動くようになるだろ」

 それともシャワーでも浴びるか? と問われたが時間も時間だしと晴香はそれは辞退した。ベッドから降りてそそくさと葛城の脇を通り過ぎる。
 とりあえず言われた通りに顔を洗いたい、あとトイレ、と思った所で「風呂はそこ、トイレは突き当たり」と背中に声がかけられた。さすが先輩ガラが悪くて言葉は荒いけどお気遣い紳士、とやっぱりこの人の下に就けて良かったなあと思いながら晴香は洗面所へと向かった。

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