純愛カタルシス💞純愛クライシス
「そんだけ派手に泣きたくなることがあったというのは、アレか。旦那に不倫がバレて、別れさせられたんだな」

 アキラは縋りついた俺を抱えてリビングに移動し、涙に濡れる顔をどこからか持ってきたタオルで手荒に拭った。

「い、痛い……」

「おまえがやっていたことのほうが、傍から見たら痛いことなんだぞ。報いと思えばいい」

「殴られたところに当たってるんだって」

 ハッキリ言ったのに、顔を拭う手の力を緩めない。

「アキラ!」

「俺は安心してるんだ。やっと不毛な恋から成臣が解放されるんだなってさ。ぜひともこれからは、マトモな恋愛をしてくれ」

 ぎゅっと抱きしめられた体。顔からはらりとタオルが落ちて、視界が一気に開けた。耳に聞こえる鼻をすする音と、なにかに堪え忍ぶ息遣いで、親友を悲しませることをやらかしていたのを痛感する。

「心配かけて悪かった」

「もう不倫なんてするなよ」

「不倫どころか、恋愛する気になれない。誰かを好きになることも傷つくことも、こんなにエネルギーって必要なものだっけ?」

 泣きながら笑ってみせたら、アキラは大きなため息を吐いたのちに、俺の体を解放した。

「なにをするにも、エネルギーは必要だ。しかもおまえがしていた恋愛は、普通じゃない。だから通常よりも、倍のエネルギーがいるだろうな」

「そうか、そうだったんだ……」

 アキラに指摘されて、自身の中身が空っぽになってることに、はじめて気づいた。

「エネルギーが切れてるなら、自家発電すればいい。今のところを辞めて、俺と一緒に働かないか?」

 アキラになにを言われたのか、どうにも理解できなくて、呆けた顔で目の前にある厳つい友人の顔を、漫然と眺めてしまった。

「成臣、今の自分がどんなに危ういか、全然わかってないだろ」

「危うい?」

「子どもが手放した、空に飛んでいく風船みたいな感じ。紐を掴んで俺が引っ張ってやらなきゃ、どこか遠くに飛んでいってしまう。目が離せない」

「ごめん、アキラの言ってることが、全然わからない」

 へし折られた心が、考えることを拒否する。もうこれ以上、傷つかないようにするために。今は呼吸をするだけでも大変だった。

「そうか。ちょっとスマホを見せてくれないか?」

 スマホという単語に反応し、ポケットに入れてたそれを見せる。

「会社から電話が入ってるぞ。もしかして今日仕事だったのか?」

「午後から出勤……」

「俺から休んだ事情を説明してもいいか?」

 思考低下した俺に代わりに、アキラにすべてをまかせて仕事を休んだ俺。有給を消化したあとで仕事を辞めて、今のところに転職したのだった。

「一ノ瀬が前の会社を辞めることで、私が前の奥さんと出逢うキッカケにもなったのよね」

「それ、今の話と関係ないだろ」

臥龍岡(ながおか)先輩、結婚していたんですか?」

「そ、バツ2なんだけどね! 実は最初の奥さんが、一ノ瀬の上司だったの」

 人生、どこに出逢いがあるかわからない。

 アキラの仕事の手隙の間に俺と前の会社に行き、一緒に辞める手続きをしてくれた。その際に同席した俺の上司と意気投合し、交際に発展。結婚までしてしまったのである。

「あの頃の一ノ瀬は、いつ死んでもおかしくないくらいに、追い詰められたメンタルだったからね。そんな彼の様子を気にして、元上司が私にしょっちゅう連絡してくれたのよ。その甲斐あって、私は彼女と結婚。一ノ瀬のその後は休息をきちんととったおかげで、メンタルを無事に回復。落ち着いてから、今回の悲劇をかい摘んで教えてもらったけどさ、酷い捨てられ方をしたもんね」

 副編集長が楽しそうに当時の様子を語ったら、千草ちゃんは微妙な面持ちで俺に話しかける。

「成臣くん、つらかったよね?」

「これでわかったろ。俺はもう恋愛する気になれないってことを」

 幸恵さんに復讐心を抱いたのは、半年くらい経ってからだった。どうしてそこまでときが経ったかというと、余計なことを考えさせないように、アキラがバンバン仕事を入れまくったせいだった。

 俺が死ぬことも、復讐することすらうまく回避させた友人の手腕に、今でも頭があがらない。
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