ヤンデレくんは監禁できない!

旅行らしくなってきた

「おじゃまします!」

興奮を隠しきれない声で芽衣里は挨拶すると、いそいそしながら靴を脱いで上がった。さっさと備え付けのスリッパを履き、部屋のあちこちを見ようと照明のスイッチを探している。凌はため息を何とか飲みこむと、芽衣里に声をかけた。

「今つけるから、そこで待ってて」

「うん!」

凌が玄関にあるスイッチをつけると、少しの間を置いて部屋全体が明るくなった。芽衣里はしばらく眩しそうにしていたが、目が慣れてくると感嘆のため息を漏らした。

北欧風を意識した内装は木材をこれでもかと活用してデザインされていた。芽衣里はいつだったか、ボランティアで読んだ絵本に出てきた家を思い出す。
三匹のクマと女の子が出てくる話で、クマたちの家に迷いこんだ女の子が家のあちこちを荒らしてしまうのだ。女の子はクマに見つかって逃げ出してしまうけど、芽衣里はここから逃げ出そうなんてちっとも思えなかった。

室内は丸太足のテーブルに、セットの椅子が二つ。そのすぐ傍にはキッチンがある。このキッチンも浮かないようにデザインされていて、戸棚は木目の大きい板で作られていた。
丸太で出来た壁には窓がはめ込まれていて、電灯だけではない自然光が部屋を満たしていた。奥にドアがあるが、あそこはバスルームだろうか、ベッドルームだろうか、芽衣里は凌に見て回っても良いかと目で聞いた。

「…壊すなよ?」

「大丈夫!」

凌の許可を得た芽衣里は真っ先にドアへと向かった。それを見送り凌は黙々と荷解きを始める。着替え以外にも食料やら調理器具やらを取り出し、朝食の用意をしようとキッチンに向かった。簡単なクロックムッシュを作ろうと、まな板を置き食パンを二枚並べ、手際よくマヨネーズを塗ってしまう。芽衣里が飽きる前に終わらせてしまおう、という魂胆だった。

しかし、あちこち見てきた芽衣里はリビング兼キッチンまで戻ってきてしまった。凌が朝食を準備しているのを見て、コップの準備でもしようかと戸棚に手を伸ばした。

「もう終わるよ。それより自分の服、どうにかして」

「…凌ってあたしに料理させてくれないよね」

「怪我も火傷もする奴が言うセリフ?」

「毎回じゃないし」

ぶつくさ文句を言いながらも、芽衣里は自分の荷物を整理するために玄関へと戻った。スーツケースを持ち上げて中に入れ、肌着やら服やらを引っ張り出す。そのうちにキッチンから良い香りが漂い、食パンが焼ける音が響いてきた。

(あー…お腹…空いた)

意識してしまうと途端に口の中に唾液が溢れて、芽衣里はもう荷物どころではなくなってしまった。

「芽衣里、できたよ」

「はーい!」

小学生かと思うほど元気な声で返し、芽衣里は立ち上がった。しかし妙な音が聞こえた気がしてふと動きを止める。
…パラパラともサアサアともつかないこの音は。
後で確認すれば良いか、と芽衣里は思い直し、朝食を食べに凌の元へ向かった。

「あー、やっぱり雨だ」

「だいぶ強いな」

凌はそう言って天気情報を確認しようとスマートフォンを手に取った。芽衣里はあれだけ晴れていたのに、と独り言をつぶやいて部屋を見渡した。電灯はちゃんとついているのに、どことなく暗く見える。自然の力ってすごいな、と思うと同時に、明日香の言葉を思い出した。

『もし山登りするなら気をつけてね』

『山の天気は変わりやすいから』
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