月夜に微笑む君の面影

ヴィンプ

 数日前、郵便受けに届いていた招待状。
送り主の名前に心当たりはない。
不振に思ったのは言うまでもないが、ヴィンプ・ロンフビッヒは今こうしてその招待状に書かれている噴水の前に立っている。

なぜ自分はここにいるのだろう。
送り主は得体の知れない人物である上、このような招待を受ける心当たりもない。
それでもヴィンプはここにいるのだ。
普通なら考えられない。
今こうして、手紙の指示通り迎えを待っている自分自身に、一番驚いているのはヴィンプ自身なのだ。

帰ろうか。

はや何回目かだろうか、そう心の中で呟いたのは。
しかしヴィンプは小さく首をふった。
帰ってどうするのだ。
もう帰らないと、戻らないと昨日決意したのではなかったか。
かさりとヴィンプの手の中で、一枚の写真が音をたてて歪む。
あぁ、そうか。
だからここにいるのか。

確かに不振な招待状ではある。
だが、自分はこの日常から逃げ出したかった。
誰も知り合いのいない場所に逃れたかったのだ。
このままでは、息が詰まってしまう。
自分を悩まし苦しめる全てのものから逃げ出したかった。
そんな時、この招待状が届いたのだ。

くしゃりと写真を握りしめて、ヴィンプはポケットの中へとそれを押し込んだ。

時刻は現在午前5時。
辺りは深い霧に包まれている。
指定の時間まで後半時。

ふとその時、前方から人の話し声が聞こえてきた。
どうやらこちらに近づいてくる。
ヴィンプは思わず声のするほうへ体を向けた。

「わっ!」
突然目の前に、美しく整った顔立ちの青年が霧の中から現れる。
ヴィンプは小さく叫んで後ろに飛び退いてしまった。
その叫び声に、青年も驚いたように立ち止まる。
二人は数秒間そのままの状態でお互いを凝視した。

先に口を開いたのは、整った顔立ちの青年。
ふわりと優しく笑うと、右手をヴィンプの方へと差し出してきた。
「そのまま後ろに倒れると、噴水に落ちちゃうわよ?」
つかまってと、差し出された手を取ることも忘れて、ヴィンプは更に驚きとも怯えとも窺える表情で、青年を見つめ返した。
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