dull
「明、朋子よ」
「おぅ」
 裸のまま電話に出る。
「俺だ、どうした?」
 アンプのスイッチをAUXに切り替えると電話の声がスピーカーから聞こえた。ハウリングしないように明が体の向きを変えた。
「明さぁ、今日休み?」
「そうだよ」
「秋子は?」
「秋子はこれからオフィスレディーしに行くとこ」
「なぁんだ、仕事か」
「なぁんだはこっちのセリフだよ。俺より秋子をご所望か」
「違うわよ。3人して軽井沢行こうと思ったの」
「いつ」
「これから」
「あぁ、例のペンションか」
「そういうこと」
「お前も暇だねぇ」
「失礼ね、これも仕事のうちよ。秋子に行けるか訊いてみて」
 私は左手でOKのサインをした。但し仕事が終わってから。明には言わなくてもわかる。
「朋子は何で行く?」
「私は私のスカGで行く」
「ドライバーは?」
「私自身よ」
「OK、現地集合だ。いつも通りで良いか?」
「じゃあ向こうで待ってるわ。秋子に宜しく言っといて」
 電話を切った後明がアンプのスイッチをSOURSEに切り替えた。スピーカーからはFENが再び流れ始めた。
 テーブルの上にある昨夜の残骸をキッチンに運び、つまみの残りをそのまま朝食の皿に載せた。ヨーグルトとカップスープをワゴンに載せてテーブルの横に着けた。
「12時半に青山まで迎えに行くよ。泊りの荷物はこれだけで良い?」
 ソファに置いた赤いデイパックを指差して明が言う。
「クロゼットにライダースーツやなんかが置いてある」
「うん、わかった」
「洗濯もしといてくれたら助かるわ」
「任せろ」
「ありがとう。明を奥さんにしたいくらい」
「ごめんだね(笑)」
 合鍵は渡さない。今まで誰にも渡したことがないし、これからも渡さない。同棲はしない。結婚は勿論まだまだ。子どもが欲しくなったらその時の相手によりけり。
「オートロックだから気を付けて。部屋の外に出たら最後管理人のお世話になることになるわよ」
 しつこいようだけど、これは毎回言うことにしている。仕方ない、合鍵を作ろう、なんてことには絶対になりたくないから。このマンションは共有玄関はフリーパスなのに、部屋ごとにホテルのようなオートロックドアという珍しい造りをしている。それが面白くてこの部屋に住むことを決めた。

 ライダースーツを着込むことを考えてスカートはやめにした。黒いレザーのセパレートスーツの下からセクシーに覘かせたいのがピンクのベアトップ。シルバーのスパッツにブーツを履いた。明が職場までバイクで迎えに来てくれると言うから荷物を少なめにするためにブーツは履いて行くことにした。もうすぐ10月。ベアトップだけでは寒いのでネイビーブルーのスタジャンを着た。どうせオフィスではユニフォームだし。
 頭痛薬をサラサラと口の中に流し込んだ。苦い。水を飲んだ。昼までには治したい。軽井沢には良い気分で着きたいし。
「明、アラジンにゲータレードね」
「OK」
< 4 / 7 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop