合意的不倫関係のススメ
「映画、結構よかったね」
「うん」
「私途中の何でもないところで泣いちゃって、ちょっと恥ずかしかったな」

軽く夕飯を食べた後、レイトショーで映画を観た。土曜の夜だからか予想以上に人が多くて、蒼はいつもよりもしっかりと手を繋いでくれていたように思う。

「原作の小説も買ってみようかな」
「そうだね」
「……?」

これだけ長い時間を共有していれば、相手の変化などすぐに分かる。特に私は、彼の心の機微にとても敏感だから。

蒼の様子がおかしい。今朝までは普通に見えたのに。

「どうしたの?調子でも悪い?」
「え…?」
「いつもと違うから」

機嫌が悪いようには見えない…といっても蒼の機嫌が悪いことなど滅多にないのだけれど、とにかくそれではない。

かといって、私がとても危惧している彼の《《あの現象》》とも違う気がするし、だとすれば後は単純に体調が優れないのかもしれないと思いそう声をかけた。

彼は私の手を離さないまま、ぼんやりと前を見つめている。

「体調は、悪くない」
「じゃあ、どうかした?」
「分からない」

珍しい。蒼が抽象的な表現を使うなんて。

それ以上聞いて変な空気になるのも嫌だと思った私は、口を噤む。

「茜」
「何?」
「家に帰ろうか」

映画の後はバーにでも寄ろうかと予め予定していたのに、そんなことを言う。

もしかしたら本当はやっぱり体調が悪いのかもしれないと思った私は、素直に頷いた。
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