合意的不倫関係のススメ
結局蒼は私を抱くことなく、そのまま彼の腕の中で朝を迎えた。抱き締められるというよりも、彼が私に抱きついているような格好。

結局、彼の真意は分からずじまいで、私の心の中には“抱かれなかった”という事実だけが残った。

(もしかして…)

忍び寄る足音を聞きたくなくて、耳を塞ぐ。ちらりと視界に入ったクローゼットが、私の心を強く揺さぶった。

「ねぇ。また、私に飽きたの…?」

涼しげな目元は、今はしっかりと閉じられている。普段よりずっとあどけない横顔を見ながら、ぽつりと呟いた。

彼の指は、私の服を掴んだまま離さない。

(罪を抱えているのは、貴方だけじゃない)

もしも地獄という場所が存在するのならば、そこに堕ちるのは私も同じ。

つまり私達は“同罪”なのだ。



今日は休日だけれど、目が覚めてしまった。彼を起こさないようそっと手を解き、シャワーを浴びてから朝食を作った。

蒼の好きな、ふわふわのフレンチトースト。それに、今が旬の柿のサラダを添えよう。

「…茜」

ふと後ろから、彼の匂い。私のお腹に手を回し、蒼が私の頸に唇を押しつけた。

「おはよう、蒼。先にシャワー浴びてくる?」
「…いなくなったかと思った」

寂しそうな声。ぎゅうっと喉元を締められたような感覚に陥る。

(自業自得だ…お互いに)

「私はいなくならないから、心配しないで」
「…うん」

私に回している彼の掌が、ほんのり熱を帯びたような気がする。少しだけ振り返り、彼の唇にキスをした。

「安心した?」

穏やかに瞳を細めてみせれば、彼は安堵したように息を吐く。

「茜、愛してる」
「私もよ、蒼」

そして今日も、私達は「愛」という言葉で互いを縛るのだ。
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