合意的不倫関係のススメ
もしも夫婦の親愛度がセックスの頻度で測れるというのならば、私達はとても良好だ。けれど同時に、とても馬鹿馬鹿しいとも思う。

セックスがあれば仲が良い、なければ不仲なんて。一体誰がどの尺度で図るというのだろう。結局夫婦のことなど、当人にしか分からないというのに。

「すみません。お手洗いに失礼します」

部長の話は殆どが、この時代を鑑みればコンプライアンス違反と言われかねないものばかり。それでも一応場は盛り上がっているのだろうから、会社の飲み会とはこういうものなのだろう。

実力があり、金も権力もそこそこ手にしている中年男性の思考は、私には理解できない。

(疲れる)

こういう場は本当に苦手だ。そもそも友人と呼べる存在すら少ない私にとっては、苦痛でしかない。けれどそういう感情を押し殺しているのが自分だけではないということも、分かっている。

もう、そろそろ帰っても構わないだろうか。それで空気が読めないだの何だのと言われても、別に構わない。きちんと参加はしたのだから。

「俺に助けてほしかった?」

お手洗いの前の廊下には、腕を組んだ二條さんが愉快そうにこちらを見つめていた。結構飲んでいたようにも見えたけれど、表情に変化はない。

「あれ、部長の洗礼みたいなもんだから。気に入った子にしかやらないし、横槍入れると機嫌損ねるんだ」
「…別にどうでも良いです」
「さすが三笹さん。理解のある強くて逞しい女性だね」

昔からそうだったけれど、近頃特に絡んでくるようになったのが、嫌で仕方ない。

「だってそう、見せたいんだもんね」
「本当に、最近おかしいですよ二條さん」
「俺がおかしくなかったことなんかあったかなぁ。基本変人だし」
「だから人を不快にさせても構わないと?」

見上げるように彼を睨めつけても、然程効果はない。それどころか益々愉快そうに口の端を持ち上げた。

「誰も知らない、本当の三笹さんが見たいんだ」
「…そんなものは存在しません」
「蒼さんにすら、見せてない顔があるでしょ」

今この男の顔を見て、漸く理解した。

ーー君がずーっと、ぎりぎりのところで綱渡りしてるからだ

きっと彼は、見たいのだ。

私がその綱から、真っ逆さまに堕ちていく様を。

「本当に、悪趣味な人。普通の恋愛じゃあ物足りなくなったんですか?」
「酷い言われようだなぁ。女性に困ってないのは事実だけど、それは自分の幸せには直結しないでしょ?さっき、部長のセックスレスの話聞いて、三笹さんがそう思ったみたいに」

(…気持ち悪い)

どこまで人の心を見透かしているのだろう。興味本位で丸裸にして、責任を取るつもりもないくせに。

どろどろとした黒い感情が、足元から這い上ってくる。何も知らないただの他人が、土足で人の心を踏み荒らすことに我慢ならなかった。

何が“本当の私”だ。そんなものを見せてなお愛してもらえる保証が、一体どこにあるというのだ。

「貴方は愛される側の人間だから、私の気持ちは分からない」
「三笹さんだって、愛される側でしょ」
「これ以上、仕事以外で私に関わるのはやめてください」

貴方の言葉なんて、もう聞きたくない。
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