合意的不倫関係のススメ
もう一度正面から、その端正な顔立ちを睨めつける。
「彼を愛してるの。邪魔しないで」
「だから我慢してるんだ。で、これからもそれを続けるの?」
「私はしたいからそうしてるのよ!」
全て私が選択したことだ。六年前彼を許すと決めたのも、三年前に愚かな真似をしたのも、全部全部自分で選んだ。
蒼を失うくらいなら、私の心が死んだって構わない。生まれて初めて誰かを愛しいと感じて、同じように愛を返してもらえた。
これがどれだけ特別なことなのか、恵まれた人間に分かるはずなどない。
「本当の私が知りたいって?だったら教えてあげる。本当の私は、彼を手に入れる為なら裏で何でもする、汚くて狡い最低な女よ。蒼さえいれば、他には何もいらない。彼の為なら私、死ねるから」
鋭い眼光のまま、ぐっと顔を近付ける。二條さんが一瞬怯んだように瞳を揺らしたのを見て、私は嘲笑した。
「分かったらもうこれ以上、私達に構わないで」
答えを聞かないままふいと顔を逸らし、彼の元を去る。気分が悪くなったと部長に適当な言い訳を述べ、一人店を後にした。
「…はぁ」
適当に立ち寄った小さな居酒屋。カウンター席が数席とテーブル席が二つ程のこじんまりとした店内だけれど、オープンして間もないのか清潔感もあり綺麗だった。
あのまま帰るにはあまりにも気分が悪く、部屋で一人塞ぎ込むのが嫌だった。
サラダとチーズの盛り合わせを頼み、ハイボールを一気に流し込む。気を遣わなくても済む空間というのは、どうしてこうも心が弛んでしまうのだろう。
(さっきよりずっと美味しい)
食も酒も進み、気が付けばあっという間に四杯目。さっきの席でもビールや日本酒を何杯か飲んでいたから、体の中で混ざって頭がふわふわとしてきた。
(二條の、クソバカ)
もしかすると、人生で初めてこの言葉を頭に浮かべたかもしれない。それ程腹が立って仕方がなかった。
分かったような口を叩いて、こちらを気遣っているような言葉を吐きながら面白半分にかき回そうとする。
多かれ少なかれ、夫婦なんてそんなものだろう。我慢や忍耐の元で成り立っている関係なんて、珍しくもなんともないのに。
ーーこれからもそれを続けるの?
「…」
夫婦として成り立たせる為には、蒼のトラウマを受け入れる必要がある。私は幾ら乱暴に抱かれようと構わないけれど、きっとそれでは意味がない。
私が我慢するということは、もう一度《《あれ》》をやらなければならないということ。ぐだくだたと戸惑っていたら、花井に横から盗られてしまう。
「もうあんな思い、したくないよぉ……っ」
空になったハイボールのジョッキをやや乱暴にテーブルに置くと、そのままくたりと突っ伏す。こんな場所で泣いてはいけないと分かっているけれど、私の全てはもう限界だった。
最後の最後。ギリギリの所で耐えていた感情を、二條さんが不躾に揺すぶったせいで。
それはほろほろと、溢れ出していく。
「……」
耳元で、誰かに何かを囁かれた気がする。そのまま意識を手放してしまった私には、その声の主が誰だったのか分からなかった。
「彼を愛してるの。邪魔しないで」
「だから我慢してるんだ。で、これからもそれを続けるの?」
「私はしたいからそうしてるのよ!」
全て私が選択したことだ。六年前彼を許すと決めたのも、三年前に愚かな真似をしたのも、全部全部自分で選んだ。
蒼を失うくらいなら、私の心が死んだって構わない。生まれて初めて誰かを愛しいと感じて、同じように愛を返してもらえた。
これがどれだけ特別なことなのか、恵まれた人間に分かるはずなどない。
「本当の私が知りたいって?だったら教えてあげる。本当の私は、彼を手に入れる為なら裏で何でもする、汚くて狡い最低な女よ。蒼さえいれば、他には何もいらない。彼の為なら私、死ねるから」
鋭い眼光のまま、ぐっと顔を近付ける。二條さんが一瞬怯んだように瞳を揺らしたのを見て、私は嘲笑した。
「分かったらもうこれ以上、私達に構わないで」
答えを聞かないままふいと顔を逸らし、彼の元を去る。気分が悪くなったと部長に適当な言い訳を述べ、一人店を後にした。
「…はぁ」
適当に立ち寄った小さな居酒屋。カウンター席が数席とテーブル席が二つ程のこじんまりとした店内だけれど、オープンして間もないのか清潔感もあり綺麗だった。
あのまま帰るにはあまりにも気分が悪く、部屋で一人塞ぎ込むのが嫌だった。
サラダとチーズの盛り合わせを頼み、ハイボールを一気に流し込む。気を遣わなくても済む空間というのは、どうしてこうも心が弛んでしまうのだろう。
(さっきよりずっと美味しい)
食も酒も進み、気が付けばあっという間に四杯目。さっきの席でもビールや日本酒を何杯か飲んでいたから、体の中で混ざって頭がふわふわとしてきた。
(二條の、クソバカ)
もしかすると、人生で初めてこの言葉を頭に浮かべたかもしれない。それ程腹が立って仕方がなかった。
分かったような口を叩いて、こちらを気遣っているような言葉を吐きながら面白半分にかき回そうとする。
多かれ少なかれ、夫婦なんてそんなものだろう。我慢や忍耐の元で成り立っている関係なんて、珍しくもなんともないのに。
ーーこれからもそれを続けるの?
「…」
夫婦として成り立たせる為には、蒼のトラウマを受け入れる必要がある。私は幾ら乱暴に抱かれようと構わないけれど、きっとそれでは意味がない。
私が我慢するということは、もう一度《《あれ》》をやらなければならないということ。ぐだくだたと戸惑っていたら、花井に横から盗られてしまう。
「もうあんな思い、したくないよぉ……っ」
空になったハイボールのジョッキをやや乱暴にテーブルに置くと、そのままくたりと突っ伏す。こんな場所で泣いてはいけないと分かっているけれど、私の全てはもう限界だった。
最後の最後。ギリギリの所で耐えていた感情を、二條さんが不躾に揺すぶったせいで。
それはほろほろと、溢れ出していく。
「……」
耳元で、誰かに何かを囁かれた気がする。そのまま意識を手放してしまった私には、その声の主が誰だったのか分からなかった。