合意的不倫関係のススメ
ーー
あの夜から一週間程経ち、また私達夫婦は表面上の日常を取り戻す。
けれどまた、蒼の様子が少しだけおかしくなった。それはまるで、《《あれ》》の前兆のように。いや、もっと酷いかもしれない。
彼は六年前と三年前の前後、私にとてもべったりだった。母親に捨てられるのではと怯える、幼い子供のように。
正確に言えば、六年前は入社したてで余裕もなく、浮気の前兆には気がつけなかったのだが。
「ただいま」
「お帰りなさい」
「早く会いたかった」
帰宅するなり彼はそう口にして、私にキスをする。秋の夜の冷たい風に晒されてきた彼の唇は冷えていたけれど、舌を混ぜ合わせる内にそれはすぐに熱を持ち始める。
「ん…っ、は、げし……っ」
「茜…俺の、俺の茜…っ」
「ふ…っ、ぁ……っ」
身を引く私の後ろ頭を掌で支えながら、蒼がぐっと腰を押し付けてくる。質量を増した硬いそれが、布越しに私を刺激した。
「ま…っ、待って蒼…!ご飯食べなきゃ、冷めちゃう、ね?」
薄手のニットの中に入ってきた彼の手を静止しながら、私はにこりと笑顔を浮かべる。
「丁度天ぷら揚げたばかりだから、熱いうちに食べよう?」
「…うん、ありがとう」
蒼はとても名残惜しそうな表情で何度も何度も私にキスをすると、スーツを着替えに寝室へと消えていった。扉が閉まると同時に、私の唇からははっきりと安堵の溜息が溢れ出たのだった。
「おやすみなさい」
「茜もっとこっち来て」
「ふふっ、あったかいね」
ベッドの上で互いにもぞもぞと体を動かし、寝やすい位置を探す。彼の腕枕で、足を絡ませ合いぴたりと密着している。
「ごめんね蒼。今日は疲れちゃって」
「大丈夫。こうしてるだけで幸せだから」
蒼は長い睫毛を伏せ、落ち着いたリズムで心臓の鼓動を奏でている。こんな風にセックスを拒否した所で事態は好転しないと、頭では理解しているのに。
むしろ逆効果だと重々承知している。けれどどうしても、身を任せる気になれなかった。
「ねぇ茜」
「なぁに?」
「俺達が初めて話した時のこと覚えてる?」
突然の昔話に、私は首を傾げる。蒼は変わらず、瞳を閉じたままだった。
「部活の時でしょ?」
「実はそれより前に一度話してる」
「嘘。全然覚えてない」
「まぁ、会話とすら言えないくらいだったけど」
私の頭を優しく撫でる大きな掌は、いつだって暖かい。
「あの時から俺はずっと、茜が好きだよ。馬鹿なことをした俺を、本当は許せないかもしれないけど」
「…もう、過去のことだよ。結婚する前だし」
「愛してる。俺から、離れていかないで」
「…私なんていなくても、蒼は大丈夫なのに」
その言葉と同時に、彼は更に私をキツく抱き締める。隙間など殆どないくらいに。
「俺は茜が居ないと生きていけない」
「…私も、一緒だよ」
「茜…茜…」
何度も私の名前を呼ぶ声が、頭の奥で響く。
(…限界なのは、私だけじゃない)
いくら歪んでいようと、私だって蒼のことが大切なのだ。
何よりも誰よりも、心から愛しいと思う。
あの夜から一週間程経ち、また私達夫婦は表面上の日常を取り戻す。
けれどまた、蒼の様子が少しだけおかしくなった。それはまるで、《《あれ》》の前兆のように。いや、もっと酷いかもしれない。
彼は六年前と三年前の前後、私にとてもべったりだった。母親に捨てられるのではと怯える、幼い子供のように。
正確に言えば、六年前は入社したてで余裕もなく、浮気の前兆には気がつけなかったのだが。
「ただいま」
「お帰りなさい」
「早く会いたかった」
帰宅するなり彼はそう口にして、私にキスをする。秋の夜の冷たい風に晒されてきた彼の唇は冷えていたけれど、舌を混ぜ合わせる内にそれはすぐに熱を持ち始める。
「ん…っ、は、げし……っ」
「茜…俺の、俺の茜…っ」
「ふ…っ、ぁ……っ」
身を引く私の後ろ頭を掌で支えながら、蒼がぐっと腰を押し付けてくる。質量を増した硬いそれが、布越しに私を刺激した。
「ま…っ、待って蒼…!ご飯食べなきゃ、冷めちゃう、ね?」
薄手のニットの中に入ってきた彼の手を静止しながら、私はにこりと笑顔を浮かべる。
「丁度天ぷら揚げたばかりだから、熱いうちに食べよう?」
「…うん、ありがとう」
蒼はとても名残惜しそうな表情で何度も何度も私にキスをすると、スーツを着替えに寝室へと消えていった。扉が閉まると同時に、私の唇からははっきりと安堵の溜息が溢れ出たのだった。
「おやすみなさい」
「茜もっとこっち来て」
「ふふっ、あったかいね」
ベッドの上で互いにもぞもぞと体を動かし、寝やすい位置を探す。彼の腕枕で、足を絡ませ合いぴたりと密着している。
「ごめんね蒼。今日は疲れちゃって」
「大丈夫。こうしてるだけで幸せだから」
蒼は長い睫毛を伏せ、落ち着いたリズムで心臓の鼓動を奏でている。こんな風にセックスを拒否した所で事態は好転しないと、頭では理解しているのに。
むしろ逆効果だと重々承知している。けれどどうしても、身を任せる気になれなかった。
「ねぇ茜」
「なぁに?」
「俺達が初めて話した時のこと覚えてる?」
突然の昔話に、私は首を傾げる。蒼は変わらず、瞳を閉じたままだった。
「部活の時でしょ?」
「実はそれより前に一度話してる」
「嘘。全然覚えてない」
「まぁ、会話とすら言えないくらいだったけど」
私の頭を優しく撫でる大きな掌は、いつだって暖かい。
「あの時から俺はずっと、茜が好きだよ。馬鹿なことをした俺を、本当は許せないかもしれないけど」
「…もう、過去のことだよ。結婚する前だし」
「愛してる。俺から、離れていかないで」
「…私なんていなくても、蒼は大丈夫なのに」
その言葉と同時に、彼は更に私をキツく抱き締める。隙間など殆どないくらいに。
「俺は茜が居ないと生きていけない」
「…私も、一緒だよ」
「茜…茜…」
何度も私の名前を呼ぶ声が、頭の奥で響く。
(…限界なのは、私だけじゃない)
いくら歪んでいようと、私だって蒼のことが大切なのだ。
何よりも誰よりも、心から愛しいと思う。