先生と私の三ヶ月
 慌てて先生の膝の上から降りた。心臓がばくばくしている。黒田さんにこんな所を見られてしまうなんて恥ずかしすぎる。黒田さん、どう思っただろう? もしかしてアシスタントのくせに先生に馴れ馴れし過ぎるって叱られる? どうしよう。クビって言われたら。

「先生、ここでしたか」
 無表情なまま黒田さんがガラス戸を開けて入って来た。

「黒田、仕事の話か?」
「はい」
「わかった。行こう」
 先生が藤の長いすから立ち上がり、そのままサンルームから出て行った。黒田さんも先生に続いて出て行った。

 一人になった瞬間、気が抜ける。
 藤の長いすに座ると、何かを踏んだ。新聞だ。先生が読んでいたのかな。
 何となく手に取って眺めていたら、国際面のある記事が目に入った。

【パリテロ事件から4年。日本人も犠牲に】
 
 あの事件からもう4年も。
 胸が苦しくなる。文君もこの事件の犠牲者だ。

 パリのコンサートホールが爆破され、テロリストを含めて20名が亡くなっていた。
 そのニュースを聞いたのは、純ちゃんとの一年遅れの新婚旅行から帰って来た日だった。テレビをつけると、深刻な顔をしたニュースキャスターが繰り返し、パリで爆破があった事を報じていた。
 そして画面には最初にエッフェル塔が映り、次に事件のあったコンサートホールと、その周りに停車する沢山のパトカー、救急車、消防車が映された。
 物凄く嫌な事が起きたのだと思った。被害に遭った人は気の毒だと思いながら、自分とは関係のない世界で起きた出来事だと思っていた。
 しかし、犠牲者の名前の中に、ひなこさんと文君の名前を見つけて、まさか、そんなという想いで胸がいっぱいになった。

 毎年夏に日本に来る文君と会う事はとても楽しみだった。私よりもピアノが上手で、日本のヒーロー物が大好きで、文君が来ると必ず一緒にヒーローの映画を観に行った。その年も文君と映画を観る約束をしていた。

 最後に会った時、文君は11歳だった。
 12歳になった文君には会えなかった……。
 
 そうか。あれから4年経つのか。
 すっかり忘れていた。

 文君、ごめんね。
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