先生と私の三ヶ月
 花瓶がガッシャーンと派手に床に砕け散った。
 重みがあったおかげて、俺の所までは飛んでこなかったが、さすがに腹が立った。当たっていたら間違いなく怪我をしていた。

「危ないだろ!!」
 怒鳴るとガリ子が青白い顔をした。

「だって先生、酷いんだもん。キスだなんて」
 今度はガリ子がしくしくと泣き出した。
 下を向いて顔を隠すように両手を当てながら泣く姿は小さな女の子のようだ。

 普段のガリ子と違い過ぎて戸惑う。気の強い所はあるが、感情に任せて凶器になるような物を投げる奴じゃない。酒のせいか? それとも上原の話が余程ショックだったのか。

「だからキスしていないと言っているだろう。なぜ俺を信じない?」
「信じられません。先生が私を好きだって言った事も嘘臭いです」
「信じろよ。お前が好きだ」
「そんなの絶対に嘘です」
「嘘じゃない」
「嘘です」
「嘘じゃない」
「嘘です」
「嘘じゃない」
「嘘です」
 どうしてガリ子はこんなに頑ななんだ。全く俺の言葉を聞きやしない。
 強引にキスの一つでもすれば信じるか? いや、一層の事、無理矢理にでも抱くか? ――ダメだ、ダメだ。そんな事をしては俺の身の潔白を証明できない。ガリ子は他のアシスタントにも俺が強引な事をしていたんだと勘違いをするだろう。

 今日は厄日か。全く、何なんだ。上原ってのは。全然記憶にないし。
 やっぱり黒田に聞くしかない。

「ガリ子、大人しくしていろよ。花瓶はあとで俺が片付けるから、うろうろして破片踏むなよ」
 リビングに置いておくと、危なそうだったので、ガリ子の手を引いて隣のダイニングに連れて行き、テーブルの前に座らせた。
 ガリ子はテーブルに突っ伏し泣き続ける。何とかしてやりたいが、手のつけようがない。
 
「ここにいろよ。水置いておくからな」
 冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターをテーブルの上に置いて部屋を出た。
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