先生と私の三ヶ月
 お味噌汁の香りがする。

 目を開けると、遮光カーテンの隙間から朝陽が射していた。ベッドの上で目覚めた事がありがたい。ここは空港の医務室ではなく、フランシスさんが連れて来てくれた日本人の方のお家だ。

 昨日、さんざん泣いたせいか目の辺りが腫れぼったい。少し頭痛もする。だけど、微かに香るカツオ出汁の匂いが頭痛をやわらげてくれる。

 部屋を出ると、お味噌汁の匂いが濃くなる。ダイニングに足を向けると、恵理さんが私を見て優しく微笑んだ。昨日も思ったけど、可愛らしい人だ。

「おはよう。今日子ちゃん、少しは眠れた?」
「おはようございます。おかげさまでよく眠れました。ありがとうございます」
 恵理さんの顔を見るのが少し恥ずかしい。
 昨日の私は恵理さんと出会った瞬間、日本人の方に出会えた事が嬉しくて、華奢な身体に抱き着いて大泣きしてしまった。佐伯恵理(夫婦別姓)さんはそんな私を優しく受け入れてくれた。年は36歳で、フランス人の方と結婚して、もう10年パリに住んでいると話してくれた。

「今日子ちゃん、そんなにかしこまらないで。ご飯食べよう。私も今からなの」
 恵理さんが二人分のお味噌汁と、玉子焼きと、おにぎりをテーブルに置いた。とても美味しそう。
 
「はい。じゃあ、ご一緒させてもらいます」
 恵理さんの正面の椅子に座った。

 いただきますと、二人で手を合わせてから頂いた。お豆腐とワカメとネギの入ったお味噌汁を口にした瞬間、笑みが浮かんだ。お味噌汁を飲んでこんなに幸せな気分になった事はない。甘い玉子焼きも、梅干しが入ったおにぎりも美味しい。

 気づくと夢中になって食べていた。あまりにも私の食べっぷりが良かったのか、恵理さんはお味噌汁と、おにぎりのお代わりをくれた。恥ずかしかったけど、それもペロリと平らげた。

 考えてみれば、昨日から何も食べていなかった。どれぐらいぶりの食事なんだろう。

「それで、今日子ちゃんはどうしてパリに?」
 恵理さんが食後の紅茶を私の前に置き、こちらを見た。くっきり二重の目が興味深そうに輝いた。
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