先生と私の三ヶ月
 顔を上げるとアジア系の知らない男の人が「Sorry」と私に向かって言い、そのまま連れの女性と歩いて行く。

 多分、その男の人は特別悪い人でもなく、普通の人なんだと思う。だけど、物凄く嫌な人に思えた。

 通りを楽しそうに歩く人たちにも腹が立つ。
 そんな風に思うのは自分が惨めだからだ。

 もう少しで先生に会えると思った時はわくわくしていたのに、今の私は不幸のどん底に落ちたみたいに落ち込んでいる。

 ため息がこぼれた。

 自分が滑稽だ。先生にクビだと言われたのに、まだアシスタントの仕事をしている。
 しかも部屋着同然の恰好で、フランスまで来ちゃうなんて。全く、どんだけ先生に会いたいのよ。
 
 先生に会う勇気もないくせに。

 ホテルで先生を待たなかったのは、先生に拒絶されるのが怖かったからだ。今度こそ先生につき放されたら、もう立ち直れない。たった半月だったけど、先生の存在は私の中で大きい。

 先生はわがままで、子どもみたいに手がかかるけど優しい。何だかんだ言いながら、私の事を気遣ってくれた。お皿を割った時は、手当てをしてくれたし、腹が立って水をかけた時は私の気持ちを受けとめてくれた。

 そんな先生とだったから、純ちゃんと生活するよりも居心地が良かった。先生の側を離れたくなかった。

 今さらこんな事に気づくなんて。もう遅いのに。

「どんくさい奴だな。一人で立ち上がれないのか」

 頭の上で聞き覚えのある男性の声がした。
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