鍵の皇子と血色の撫子
 婚約者を蔑ろにしているなんて、と壱畝が代わりにぷんぷん怒ってくれているが、自分としてはこの婚約がいまもつづいていることの方が奇跡だと思っていたから怒りよりも諦念の方が強かった。

 ――きっと皇子はわたくしのことを体のいい道具とでも思ってらっしゃるのよ。親同士が決めた婚約なんて、そのようなものですもの。

 第三皇子、聖岳(きよたけ)とは幼い頃に一度逢ったきり。
 あのとき撫子は国の鍵と呼ばれる“金色(こんじき)の皇子”の姿に胸をときめかせていた。彼はこの国では珍しい、金髪青目の王子さまだったから。
 父たる神皇帝(みかど)が異国より迎えた第二妃の息子である聖岳は、母親譲りのうつくしい金の髪と、海を彷彿させる青い瞳を持っていた。
 けれど、撫子が恋に落ちたのは、彼が――……

 当時撫子八歳、聖岳十一歳。
 ちょうど声変わりをはじめた彼の枯れかかった声音にもドキドキした。いま逢ったら、低い声で自分の名を呼んでくださるだろうか。耳元で甘い睦言を囁いてくださるだろうか。
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