コンクリートに蝉の抜け殻
「俺、進路決めたんだ。都内の大学に進もうと思って──うん、まだ合格はしてないんだけど、受験成功のためにがんばる。の、宣言」
くちびるが震える。おかしいな、夏なのに。暑くて仕方がないはずなのに。袖もまくりわすれてて、暑くて暑くて仕方ないのに。
「永倉」
「……あ、ごめん、ね。聞いてる。聞いてるけど、なんて返そうかなってちょっと迷った」
「返事急かしたかったわけじゃなくて、えっとさ。……聞いてたよね」
肩が、揺れた。自覚した。空白を埋めるためにと手首のボタンを外したばかりだったから、袖口も所在なさげに揺れた。これからまくりあげて、居場所を与えるつもりだったのに。
「都内の大学を第1志望にすることにしたー、って、俺が廊下で友達に言ったときにすれちがったよな」
「う、ん」
「聞こえてただろうなって思ったんだけど、なんか、永倉に直接言うの怖くて」
先延ばしにしちゃった、と、眉を下げてわらう保科。袖をまくるのは諦めた。返答を考えること以外に割ける脳のリソースが、もう、なかったから。
「永倉は県内の大学志望だったよな」
「そうだよ」
「……もし、俺が受かったら、遠くなるな」
「そうだね」
「蝉の抜け殻って、」
そこで不自然に言葉を切った保科の視線を追うと、彼が木を見つめているのに気がついた。そこに蝉の抜け殻は、いない。
「いつ、コンクリートや木を手放せるんだろう」
──いつ、これ以上なく安心できる場所を手放せるんだろう。
そういう意味なんだろうと思った。
どうして保科が、それを言うのだろうと思った。わかるようで、わかった気になって解釈していいことではないと思った。