コンクリートに蝉の抜け殻
「……帰ろうかな」
気がつけば1時間ほど経っていた。1時間しか経っていないと言えばそうで、けれど、周りはお昼を食べ始めていたから中断時でもあった。
広げていたワークやシャーペン類を片付けて、席から立つ。集中できない。問題は解き進めることができているのに、どうしてこんなにも自信にならないんだろう。
あの、逃げ帰ってしまった日以来、保科と話していないからだろうか。噂で、保科がバイトを辞めたことを知ったからだろうか。実際にコンビニに行っても、いつもいる時間に保科がいなかったからだろうか。
保科が、都内の。県外の大学を志望していることを、知ったからだろうか。
教室を出ようとしたところで、閉められていた戸が開いた。タイミングがいいのか、わるいのか。突然ひらけた視界に驚いていると、目の前の人物にさらに驚かされてしまった。保科だった。
「あっ……、ごめん」
つぶやくようにそう言って、逃げるように視線を逸らして。保科は、あー、とか、んー、とか言ったかと思うと。
「帰る?」
小声で聞いてきた。
「帰ろうかなって」
あれ。普通だ。逃げ帰ったのに。あれからだいぶ時間が経ってしまったのに。
「じゃあ俺も帰るわ。一緒いてもいい?」
頷いて、完全に廊下に出て、保科と並ぶ。保科が戸を閉めてくれた。真っ白な廊下にふたりだけが取り残されたみたいで、あんまり落ち着かない。
うそだ。まったく落ち着かない。