コンクリートに蝉の抜け殻
「行こうか」
「うん、帰ろう」
「……勉強してたんだね」
「うん。って言っても、1時間だけ」
「1時間が勝負を分ける! ……って、よく岩橋先生言ってるし。偉いよ」
「声真似、似てるね」
「ありがと。これ評判なんだよね」
偉いよ、に対して、何もコメントしていなかったと遅れて気がつく。失敗しかしない。ありがとうと返そうとしたけれど、保科が次の話題を提供してくれるほうが早かった。
「勉強してたひと、多かった?」
「うん、結構いたかな」
「受験生の夏って感じするね」
「そう、だね。……あ、保科、せっかく来たのにすぐ帰宅でよかったの? ごめんね、わたしが帰るタイミングがわるかったばっかりに」
とん、とん、とん。階段を降りる足音のリズムが少し乱れる。わたしの歩くスピードが落ちたせいだ。
「なんで永倉が謝んだよ」
「目の前のひとが帰るって言ってたら、やる気もなくなるかなって……思って」
「永倉のせいじゃないよ。永倉と話したいなってわがまま抱いただけ」
「……話したい?」
「そ。俺ね、バイト辞めたんだよ」
聞いたから知ってる、と、そうだったんだね、と、どちらを返していいのか迷ってしまった。
なんにしても、わたしたちは、永倉がバイトを辞める決断をしてから実際に辞めるまで、全然話していなかったということだ。
「前に会ったときにはもうさ、辞めるの、決めてたんだけど。言う前に、永倉に気まずい思いさせちゃったから。ごめん」
ちがった、みたいだ。辞める決断をした、辞める話を店側とつけた、頃。言おうとしてくれていたようだ。それを言わせなかったのは、わたしが帰ったせい。