自信過剰な院長は既成事実を作る気満々で迫ってくるんですぅ
 今回は患者の命がかかっているから、みんなの堪忍袋の緒が切れたのかも。

 徳縄先輩のミス。というか悪事を働いたのを隼人院長たちは現行犯で見たからか、けっこう当たり強く言ってくれて徳縄先輩が凹んでいる。 

 こんなに酷く落ち込む徳縄先輩の姿を初めて見た。
 周りの人たちは見ていてくれてるんだな。

「で、俺に危害を加えたら許さないってのはなんだ?」
 隼人院長と視線が合った。
 
 今までの私だったら言えなかった。でも大樋さんから力をもらった私は生まれ変わった、今の私なら言える。

「率直に申し上げます。徳縄先輩が私を陥れるためにわざとアラームを止めていました。目的は私のせいにするためです」

 肩を落として床の一点をじっと見つめていた徳縄先輩が、私を睨みつける。

 動物の命がかかっている。ここに居る誰もが動物が大好きで苦痛から動物を解放してあげたい人たちばかり。

 動物を救いたい想いは私と同じだから、なにも怖いものはない。

「単純に疑問だ。なぜヒナの命を犠牲にしようとしてまで、この子に意地悪をした?」
 隼人院長の問いかけに気丈な徳縄先輩が突然泣き出した。

「飼い主たちは私が問診や爪切りをするたびに、『阿加さん居ますか』とか『阿加さんにお願いしたいです』とか、私が訪室したのに阿加さんの名前を出すんです」

 目の縁の涙を拭うも拭いても拭いても涙が止まらないみたい。
 気が強くて人生で一度も泣いたことなさそうな人でも泣くんだって、変なところで感心してしまう。  

 それ本当の涙なの?

「笑顔で接したり技術を磨いたり、徳縄くんなりに必死に努力したんだろうにつらいよね。阿加ちゃんが悪くないのは徳縄くん自分でも分かっているよね?」

 俊介先生の優しい声は涙腺に響く。

「この子に焼きもちを焼いたのか。徳縄の方が上なのにな、技術と経験だけなら」
 隼人院長の素っ気ない言い方に、気が強い徳縄先輩の噛み締めた歯の間からは嗚咽が漏れ出す。 

「申し訳ありませんでした」
「俺に謝るな、ヒナとこの子に謝れ」
 唇を噛み締めながら肩の震えを必死に堪える徳縄先輩が私に頭を下げた。

 本当の涙だったんだ。

「許してやれ、嫉妬したことでこれだけ赤っ恥をかいたから、もう徳縄は嫌味のひとつも言えない」

「他のターゲットを作って、私にしたことや言ったことを繰り返さないと約束してください」
「約束するわ」

「今後いっさい、この子の周りをうろうろするな。俺らが育てる大切な看護師だ」
 育ててくれる優しさと捉えていいのか、デキる看護師が必要な自分のためと捉えるべきなのか。

「分かりました」
「もう用はない、行って良し」
「失礼します」
 足早に入院室を出て行った徳縄先輩と体同士がすれ違うように敬太先生が入って来た。
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