天涯孤独となったはずなのに幸せに溢れています
ようやく駅に到着し改札から吐き出されるように出るとようやく一息ついた。

他愛のない話をしながら私の家の方向へ向かうが、電車から降りた今も何故か抱き寄せられたままだった。
彼の腕の中で緊張してしまい話に集中できない。
男の人にとってこれは普通なのだろうか。
別に不快なわけではない。
嫌なわけでもない。
ただ、緊張する。
けれどほのかに香る花の匂いが私の心を和ませてくれる。きっと仕事柄、花に関わることが多いため染み付いたのだろう。香水のように強くはないがほのかな甘さやグリーンの香りがする。

「着きましたね。今日は楽しかったです。ありがとうございました」

玄関前まで来てようやく私は解放された。
急に寒くなった感じがして寂しくなった。

「啓介さん、お茶でも飲んでいきませんか?」

つい誘ってしまうと彼は驚いた顔をしていた。

「まさか。送り狼にならないと言ってここまで来たんですからそんなことできません」

私から誘ったみたいじゃない!
私は慌てて取り繕うように早口で答えた。

「前にもお茶を飲んでいったからつい声をかけたんです! 深い意味はありません!」

「分かってますよ。あなたがそんな人じゃないってことは」

啓介さんは奥歯を噛むようにクスクスと笑っていた。

「でももう少し話したいと思ってもらえたのかな?」

私は素直に頷いた。
すると彼は目尻を下が笑顔になった。

「なら明日お付き合いしてもらえないかな? うちの花を卸している華道の展覧会に誘われているんです。男ひとりで行くのも味気ないので付き合ってもらえないかな」

「華道の展覧会ですか? 私のような素人が行っても良いんでしょうか」

「もちろん。俺も花を売っている側の人間なだけで華道は素人同然だよ」

いつものように頭をかき照れたような表情を浮かべていた。

「では一緒に行かせてください」

「こちらこそよろしくお願いします」

彼と明日11時に日比谷で待ち合わせをすると帰って行った。
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