お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!
 船室を出て甲板に出ると、船は既に船首を湾の出入り口の方に向け、船尾だけが港に面していた。
 カルヴァドスに手を引かれ、船尾まで進むと、背後から『出航!』という船長の声がかかった。
 若いクルー達が繋留用のロープを解くと船は沖へとむかって動き出した。
 凪いでいる湾内はあまりスピードが出ないが、それでも、船は着実に沖へと進んでいった。
 太陽の光を受けて光り輝く神殿は神秘的で、王宮から見るのとも、城下町から見上げるのともまた違った趣があった。
 湾の出口で回頭し、右舷をデロスに向けて東へと進む船から見ると、カルヴァドスが教えてくれた、『海の真珠』と言う言葉がピッタリだとアイリーンも思うほど、海から見えるデロスは白く輝いて見えた。
「涙型に見えるだろ? 俺達船乗りは、デロスが、海の女神が俺達との別れを悲しんで、涙をこぼしたから、デロスは涙型をしてると考えてる。だから、どこの国の船乗りも、一度デロスに来ると、皆必ずデロスに帰りたくなる。産まれた国とか、育った国とか関係なく、デロスは、船乗りにとっての故郷、大切な国なんだ。だから、船乗りの多くは、そのデロスを血で汚そうとするパレマキリアを憎んでる」
 カルヴァドスは優しくアイリーンに語った。
 アイリーンは、初めて見る海からの祖国の眺めに感動し、涙を抑えることが出来なかった。
 大役を押しつけてしまったローズマリーのこと、アイリーンが一緒にいないと食事もしないアイゼンハイムのこと、アイリーンに絶対服従のラフカディオのこと、兄のように大切なアルフレッドの事、そして、病の床に伏している父王のこと。考えると涙が止めどなく溢れ、アイリーンは声を上げて泣いてしまいそうだった。
 隣でアイリーンの事を見守っていたカルヴァドスは、そっとアイリーンを抱き寄せた。
「泣きたいときは泣いて良い。今なら、声を出して泣いても誰にも聞こえない。俺が、こうして抱きしめていれば、誰にも泣いているところをみられることはない」
 カルヴァドスの言葉はアイリーンの張り詰めていた心の糸を緩め、今まで、王族が泣いて良いのは国葬、つまり、両親や兄弟姉妹、または、国の英雄と称えられる功績をあげた者が亡くなったときだけと、幼い頃から厳しく育てられてきたアイリーンを王女でも、姫巫女でもなく、ただの独りの女の子に変えてくれた。
 ひとしきり泣いて、涙が枯れたのではないかと思いながらアイリーンが顔を上げると、カルヴァドスが優しく涙を拭ってくれた。
「じゃあ、俺の恋人を皆に紹介するかな」
 カルヴァドスは笑顔で言うと、アイリーンの手を引いて船首の方へと連れて行こうとした。
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