エリート外科医との政略結婚は、離婚予定につき~この愛に溺れるわけにはいきません~
扉の向こうで碧たちはなにをしているのだろうと考えながら、ぼんやりと5という数字を眺めていると、珠希はふとあることに気づいてしまった。

「5年…5年ぶり……?」

珠希は目を大きく見開き、膝の上に置いていたトートバッグを強く抱きしめた。
〝とくにこの五年はシフトを詰めて仕事に埋没してたから、心配してたんだ〟
笹原はそう言って笑っていた。
そして紗雪が海外赴任で日本を離れたのがちょうど五年前。
これは偶然なのだろうか。

「まさか……」

本当はふたりは以前付き合っていて、紗雪の海外赴任を機に想いを残したまま別れたのかもしれない。
そして碧は紗雪のことを忘れられず、この五年仕事に没頭していたのだろうか。
信じたくはないが、辻褄が合うような気がした。
だとすれば偶然の再会を果たした今、ふたりが恋心をよみがえらせる可能性は、かなり高い。
珠希は再び碧からのメッセージに視線を落とした。

「碧さん……」

スマホを見つめる珠希の目はうつろで、なにも映してはいなかった。




メッセージ通り、その晩碧は帰ってこなかった。
もしかしたらとわずかに期待し、日付が変わったあとも起きて待っていたのだが、帰ってくるどころかメッセージや電話もなかった。
あきらめてベッドに入っても、紗雪の肩を抱き診察室に消えた光景が脳裏に浮かび、眠れないまま夜明けを迎えた。
その日仕事が休みの珠希は、気を紛らわせるように、一日家のことをして過ごしていた。
ただ、この家にはハウスクリーニングが週に一度入るので、家のどこもかしこも綺麗で、珠希が掃除できる場所がそれほどなかったのが残念だった。

「よし、できあがり」

テーブルの上に並んでいるできたてのいなり寿司を眺めながら、珠希はうなずいた。
これはほんのり柚子の香を効かせている母直伝のいなり寿司で、珠希の手料理の中でも一番好きだと碧が言っていた。
< 116 / 179 >

この作品をシェア

pagetop