エリート外科医との政略結婚は、離婚予定につき~この愛に溺れるわけにはいきません~
「ご、ごめん。なんでもないんだ。ただ、とんちんかん……いや、とん……とんでもなく珠希が頼りになると思うと……つい笑ってしまうほどうれしいんだ」

碧は珠希に背を向け喉の奥で笑っている。
ときおり咳き込んでしまうほどのうれしさとはなんなのか。
珠希にはさっぱりわからない。

「あー、悪い」

ひとしきり笑ったあと、碧は息を整えながら目の端に浮かんでいる涙を指先で拭っている。

「珠希を信じてないわけじゃないんだ。ただ、音楽以外のことに不慣れな珠希が心配なんだよ。妙な男にかっさらわれるかもしれないからな」

荒い呼吸の合間、碧は弁解するように言葉を続ける。
表情も次第に真剣なものに変わっていく。

「いつでも俺が側にいて守ってやれるわけじゃないから。側にいるどころか、結婚早々家を空けてばかりのぽんこつだな」

碧は自嘲気味に口もとをゆがめ、おもむろに珠希との距離を詰める。 

「まあ、珠希を家に閉じ込めておくなんて、俺はそんな心の狭い男じゃないからな」

いったん重い空気をまとったことなど嘘のような穏やかな声でそう言うと、碧はまだ着替えていないスーツの上着のポケットからなにかを取り出した。
もったいぶる仕草で碧が珠希の目の前に差し出したそれは、ベルベットの小箱だ。
珠希は見覚えのあるボルドー色に、目を奪われた。それはふたりで訪れた、宝石店のカーペットの色だ。

「これ」

珠希は視線を向け、碧に問いかける。
すると、碧が訳知り顔で大きくうなずき返す。

「今日、仕事のあとで引き取りに行ってきたんだ」

碧は珠希の前に小箱を差し出すと、ゆっくりとふたを開いた。

「綺麗……それに、きらきらしてます」

珠希は目の前に現われた結婚指輪をまじまじと見つめ、感嘆の声をあげる。
碧とふたり、散々吟味して選んだ指輪がケースの中で並んでいる。
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