エリート外科医との政略結婚は、離婚予定につき~この愛に溺れるわけにはいきません~
打ち合わせの前に、リハーサルを兼ねて拓真と演奏したのだが、現役時代と変わらない音色がホールに響き、珠希だけでなく、その場にいたスタッフの誰もが圧倒されていた。
力強さと繊細さを兼ね備えた和合拓真の音は、健在だった。

「でも、わかっちゃった。お兄ちゃんずっとピアノを弾いていたでしょ。そうじゃなきゃあれほどの音、出せないもん」
「まあな。プロとして続けるつもりはないけど、ピアノを弾くのは楽しいし。だって俺、才能と実力が有り余ってるから」

わざとらしく胸を張る拓真に、珠希は肩を震わせ笑う。

「そういうところも変わってない。じゃあ、本番も昔みたいな王子様仕様の和合拓真を期待してる」
「了解。麻耶も楽しみにしてるから、王子様が降臨するのを期待してろ」

拓真はそう言って手を振り、立ち去った。

「あーあ。また大騒ぎになるんだろうな」

いまや伝説とも言われている和合拓真の数年ぶりのステージだ。
イベントのあとしばらくの間は、騒がしい日が続くのだろう。珠希にもマスコミのマイクが向けられるかもしれない。
それでも、珠希が音楽を続ける上での目標でもある、和合拓真との競演。
久しぶりに湧き上がる高揚感で、体中が熱くなっている。

「拓真君、イベントに参加してくれるんだってね」

ふと傍らから聞こえた声に顔を向けると、拓真の背中を見送る笹原が立っていた。

「笹原先生。こんにちは。あの、今のは……」

拓真の出演について病院関係者のどこまでが知っているのかがわからず、珠希は口ごもる。今日の打ち合わせで、拓真はシークレットゲストとして登場することが決まり、箝口令が敷かれているのだ。

「心配いらないよ。今朝拓真君から相談されて、背中を押したのは僕だからね」

 笹原はあっさりそう言って、朗らかに笑う。

「笹原先生が、ですか?」


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