エリート外科医との政略結婚は、離婚予定につき~この愛に溺れるわけにはいきません~
やがて軽快な音とともにエレベーターが八階に着き、ゆっくりと扉が開いた。

「あ……。変わってない」

扉が開いて真っ先に目に飛び込んできた絵には、見覚えがある。以前ここに入院し、その後大成した画家の作品だ。
太陽を浴びてうれしそうに笑う動物たちが生き生きと描かれていて、当時はここに来るたび眺めていた。
珠希はすぐさま駆け寄り、絵の中の動物たちを眺めて回った。

「祖父はこのクマが気に入ってたんです。逞しくて優しそうなところが自分に似てるって言って。私はこのカメに似てるって言われてたんですよ。のんびりしてるけど意外に頑固で長生きしそうだからって。懐かしい……」

珠希は大きな絵の端から端まで眺めながら、入院中の祖父と交わしたやりとりを思い出す。
一度目の手術のあとしばらくは体調が落ち着いて、歩くこともできていた。
談話室で入院中の患者さんと将棋を楽しんだり、テレビでゴルフ中継を見たりしていた。
面倒見がいい祖父を慕い進路相談をもちかける高校生もいたはずだ。

「ほんと。ひとたらしで素敵なおじいちゃんだったな」

ふと自分の口から漏れた言葉に、珠希はハッとする。 
五年ぶりに来たこの場所は、決して悲しみばかりの暗い場所ではなかった。
祖父との楽しい思い出も残っている、忘れてはならない場所だったのだ。
ここに来るまで緊張していたのが嘘のように、珠希は穏やかな気持ちでそれを実感する。

「僕も覚えてるよ。珠希さんがおじいさんを車椅子に乗せて、この絵を一緒に見ながらあーだこーだ言ってたところ、たまに笑わせてもらったし。ちなみに僕はこのライオンなんだって。病棟を守る百獣の王だそうだ。褒めすぎだよね」

祖父とのやり取りを想像し、珠希は頬を緩めた。

「祖父がそう言ったのもわかる気がします。でも、病棟を守るというよりも、医療現場を守る百獣の王であってほしいですね」
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