エリート外科医との政略結婚は、離婚予定につき~この愛に溺れるわけにはいきません~
「やっぱりそうよね。職場で白衣を見慣れて飽き飽きしてる私でも、白衣姿で聴診器を首に下げてる碧さんなら是非とも見たいって思うもの」

うっとりと語る母に、珠希は苦笑する。
今も和合製薬の研究所で新薬の開発に従事している珠希の母は、おっとりしていてかわいいものが大好きな愛らしい女性だ。いつも笑みを浮かべていて人当たりもいいが、仕事となると人が変わり、何日も職場から帰らず研究に没頭することも多い。根っからの研究者なのだ。
最近発表した新薬の開発にも責任者として携わっていたらしく、発表会では壇上に立って関係者からの質問に堂々と答えていたそうだ。
入社以来重責を伴う仕事で何度も結果を出し、和合製薬の成長に大きく寄与していると、入社間もなかった頃の拓真は興奮気味に語っていた。
『創業家に生まれた父さんよりも、母さんの方が会社を愛してるんじゃないかな』
拓真のその言葉どおり、母が和合製薬を愛し、そしてさらなる発展を願っているのは、家業にノータッチの珠希の目から見ても明らかだ。

「碧さんのお母様がおっしゃってたけど、碧さんはお料理が得意だそうよ。大学生になってひとり暮らしを始めたらしくてね。お料理をするようになったそうなの」

母は珠希の隣りに腰を下ろし、弾んだ声で話し続ける。
今日の見合いの席でよほど碧を気に入ったのか、その声は普段より高い。

「碧さんと結婚したら、珠希は彼が作ったおいしいお料理を食べられるのね。羨ましいわ」
「えっ……結婚なんて、なに言ってるの」

珠希はぎょっとし、ソファの上で後ずさりした。
珠希と碧の結婚を決定事項のように語っているが、見合いを終えたばかりで、気が早すぎる。

「中でも和食が得意だそうよ。珠希は作るより食べる方が好きだから、良かったわね」
「も、もう、結婚なんて、そんなのあり得ないのに――」
「美南、珠希をからかうのはそこまでにしろ」
< 58 / 179 >

この作品をシェア

pagetop