冷徹社長は幼馴染の私にだけ甘い
なんとか仕事は乗り切った。疲れ果てた凛子が家に帰ると玄関に男物の革靴が上品に置かれていた。艶々と光っていて眩しいくらいだ。
凛子はその靴を見た瞬間、ただいまも言わずに無造作に自分の靴を脱ぎ、リビングに走った。バンっと扉が吹き飛ぶ勢いでリビングのドアを空けると「おかえり凛子」と爽やかな笑顔で優が桜庭家のリビングに座っている。
「ゆゆゆ優ちゃんっ! な、なんで!?」
今朝、優の腕を無理やり払ったばかりなのに、優は何もなかったかのように笑顔で凛子の家のリビングに座っている。
(ど、どうしよう……)
凛子にはまだ仲直りする心の準備が出来ていなかった。扉に隠れて少しだけ顔を出す。
「凛子〜、ただいまくらい言ったらどうなの〜? 優くんが凛子の就職祝いに高級なお肉を持ってきてくれたの。今日はみんなですき焼きよ〜」
凛子の母親はキッチンから満面の笑みで白菜やネギなどの野菜が乗ったお皿を運んできた。ローテーブルの上にはすでに鍋と木の箱に入った見るからに高級そうなお肉が並んでいる。
「凛子ママが俺も一緒にって誘ってくれたんだ。凛子、本当に就職おめでとう」
やはり優は昨日の出来事など微塵も気にしていない様子で凛子に笑いかけてくる。少しだけ、どうしようかと思い詰めていた凛子の複雑な思いの糸が解けたような気がした。優は昔から冷たいだの、クールだのと言われているけれど、凛子にはこうして甘く優しい笑顔を見せてくれるのだ。
「優ちゃん……ありがとう」
少しだけ、鼻の奥がツンと傷んだ。いつかこの笑顔は自分だけではなく、結婚した相手にも見せてしまうのだろうか。……嫌だ。
「凛子、ぼーっとしてないで手伝いなさい」
「あ、うん。手洗ってくるね」
洗面所に映る凛子の顔は酷いものだった。明らかに何か不安ごとがあります、と顔に書かれたような暗い表情。凛子は洗いたての冷たい手でパチンっと頬を軽く叩いた。
「よしっ!」
こんな落ち込んだ顔をしていたら、優にも母親にもバレて気を使わせてしまうだろう。せっかくの高級お肉が台無しになってしまう。優とのことは今は忘れて、お肉を堪能しようと凛子は気合を入れてリビングに戻った。