クレオ*̣̩エシス
ιστορία*.3─後編─
どこに住んでいたのか、好きな食べ物は何かなど、お互いに聞きながら話していると、直ぐに病室に着いた。
S201号室。羽月達の病室とは少し離れている。
「散らかってるれけど、お気になさらないでくださいな」
そう前置きをして、花姫はドアを開ける。が、何かがつっかえていてなかなか開かない。
「もうっ……!だからドアの近くには置かないでって言いましたのに……!」
少し苛ついたように愚痴をこぼした花姫は、申し訳なさそうに羽月を振り返った。
「ごめんなさい。少し手伝ってくださる?」
「わかった。力いっぱい押しちゃって大丈夫?」
「えぇ、構いませんわ。───あんなもの、潰れてしまえばいいんですわ」
ニコリと答えた花姫だったが、後半は何やら黒いオーラを漂わせながら呟く。
その様子に若干身を引く羽月だったが、気合を入れ、ドアに手をかける。
「「せーのーっ!」」
掛け声と同時に、2人で一斉にドアを引く。
徐々に扉が開いていき、ぐしゃっ、という嫌な音と共に扉が開いた。ただし、まだ数センチほど開けきれていないが。
「………すごく嫌な音したけど」
「心配いりませんわ」
不安そうな羽月の意見をバッサリと切り捨て、花姫は中へ入る。
続いて病室に足を踏み入れた羽月は、『散らかってるけど、気にしないで』と言った花姫の言葉を思い出した。
目の前に広がる、プレゼントらしきものの数々を見て。
「………」
「ごめんなさいね、驚いているでしょう?」
「……これは…その、どうしたの」
花姫はぐるりと部屋を見回すと、
「この辺のものは、クラスメイトからかしら」
と、先程潰してしまった箱も含め、いくつかの包みを指す。
「これは知り合いのご家族から?」
これまたいくつかの包みを指す。
「必要ないとあれほど言っていますのに。お見舞いで“モリンシ”が治るわけではないのですから」
小さくため息を着くと、羽月達の病室のように、真ん中に置いてあるテーブルに歩み寄り、その周りにおいてある包みを無造作に手でどかした。
ある程度座れるスペースができると、羽月を促した。
「さっきから薄々気付いてたけど……花姫ちゃんって、実はお嬢様なの…?」
床に置かれた高そうな座布団を見て、座るのを躊躇った羽月が、覚悟を決めてゆっくりと腰を下ろす。
「あら、気付いてしまいました?」
そんな羽月と対照的に、なにも躊躇わずストンと腰を下ろした花姫が、苦い笑みを浮かべる。
「それと、花で構いませんわ。皆さんそうお呼びになりますから。───こう言う口調がいけないのかしら」
頬に手を当て、考えるように宙を仰いだ花姫は、気がついたように羽月を見る。
「そう言えば、羽月っておいくつなの?」
きっと同じくらいだと思うけど。と、首を傾げた花姫は
「えっと……今年で12、かな」
自信なさげに告げられた羽月の年齢を聞き、
「えっ────!?」
驚愕に目を見開いたのだった。
絶句している花姫を見て、羽月は首を傾げる。
何がそんなに彼女を驚かせたのだろうか。
羽月が困惑して、何か言わなければと口を開きかけた瞬間、花姫が勢いよく頭を下げた。
その勢いに、思わず肩を弾ませる羽月。
「ごめんなさい!私、てっきり年下だと思っていて……。失礼な態度をとってしまい、本当に申し訳ありません……!」
サラリと年下だと思われていた事実に、軽くショックを受け、羽月は項垂れる。
そんなに自分は頼りないのか。というか、一体何歳に見られていたのだろうか。
「そんな謝らないで。えっと…花ちゃん。きっと、私の精神年齢が……その、低いんだと思う、から」
段々自分で言っているのが悲しくなってきて、言葉は尻すぼみになっていく。
「そんなことはありませんわ。それと、ちゃんは付けなくてよろしいですわよ。私の方が年下ですし。因みに私は、今年で10歳になります」
「え……嘘……」
2つも下だったことに、羽月は驚いて瞬く。
言葉遣いのせいか、はたまたその落ち着いた雰囲気のせいか、とても10歳の少女とは思えない。
「でも、私はさっきみたいに接して欲しいな。……初めて出来た、女の子の友達だから」
少し恥ずかしそうにはにかんだ羽月を見て、花姫は何故かせつない気持ちになった。
羽月のことはほとんど知らないが、彼女の寂しさが垣間見えた気がしたのだ。
「羽月は、それでよろしいんですの……?」
表情を伺うように、恐る恐る掛けられた問いに、羽月は黙って頷く。
「寧ろ私がお願いしたいくらい。花には、色々教えて欲しいことが沢山あるから」
「……わかりましたわ。羽月がそう言うのなら、そういたしましょう」
まだ迷いは見えるが、何処か照れくさそうに微笑んだ花姫は、よしっと気合を入れるように声を上げると、だいぶテンションを戻した調子で羽月に話しかけた。
「それなら!友達第1号として、しっかり自己紹介しなくてはいけませんわね!」
そう笑いかけた花姫は先程と変わらず眩しくて、思わず羽月も笑顔を返した。
「では改めまして。名前は橙雨花姫。歳は9歳。先程途中で中断してしまいましたけど、家は割と地元では有名な老舗店でして、所謂私は跡取り娘」
「その……クラスメイトからプレゼント?を貰うのは、どうして…」
「あまり嬉しくはありませんけれど、当店は所謂富裕層の方からご贔屓にされていますから。何かと繋がりを持っていると有利だと、保護者の方は考えたのでしょう。まぁ…あとは男の方からの物ね。どうにかして私に気に入られようと、色々送ってくるのだけど」
「所謂、モテ女……!」
昔クラスメートが話していた言葉を思い出し、たいしてかっこいい言葉でないながらもドヤ顔をする羽月。
そんな羽月が面白かったのか、鈴の音のような声でころころと笑う花姫は、その口元に笑みを形づくりながら
「物で愛は得られないと、なぜ分からないのでしょうね」
そう呟いた。
少しだけ、瞳に影を落としながら。
「私の説明としては、そのくらいかしら」
しかし、それも一瞬のこと。
直ぐに気を取り直すと、口を閉じた。
花姫は何も言わない。
羽月がどういう存在か、噂程度では知っているのか、あるいは何かを察しているのか。
次は羽月の番とは言わなかった。
「───私の、番だね」
そう言った羽月の声は少し震えていて。
「話したくないのなら、無理にとは言いませんわ」
花姫は眉を下げる。
心から心配してくれているのが伝わった羽月は、ゆっくりと首を振った。
「ううん。聞いて欲しい。あんまり詳しい事は、言えないけど」
そして羽月は、初めて深夜以外に過去を話す。
流石に深夜に語った時のような詳細は話さなかったが、大まかな生い立ちと、この病院に来たきっかけを話した。
その間も、花姫は黙って、時々頷きながら羽月の話に耳を傾けた。
そんな花姫だからこそ、羽月は自分の過去をちゃんと伝えなければいけないと思ったのだ。
「これが、私の過去」
まだ相手の瞳を見ながら話すことは出来ず、俯いていた羽月は、花姫の反応を見れずにいた。
きっと驚いているだろう。やはり関わるべきでなかったと、後悔しているだろうか。それとも、たいした過去ではなかったと、失望しているだろうか。
こういう場合に、ネガティブな事ばかり考えてしまうのは、自分の短所だと分かってはいるものの、なかなか直すことも出来ない。
「顔を、上げてくださいまし」
絞り出すようなか細い声に、羽月は顔を上げる。
その瞳に映ったのは、傷ついたように眉をゆがめた花姫の姿。
彼女の双眸もまた、悲しそうに揺れていた。
「私には、羽月の辛さを理解してあげることは…出来ないわ」
否定的な言葉に、また羽月は顔を下げそうになるが
「でも…」
続く花姫の言葉に顔を上げた。
「これからの喜びは、一緒に分かち合えるわ」
力強く告げられた、花姫の意思。
苦しみではなく、喜びを分かち合う。
今まで苦かった事ばかり印象に残っていた羽月にとって、あまり縁のない事だった。
しかし、今は違う。
深夜がいて、幽見がいて、花姫がいて。
自分も少しは変わることが出来た。
今の自分なら、幸せを望んでもいいのだろうか。
羽月は花姫を見る。
その力強い瞳は、羽月の記憶にあるクラスメイトの怯えや軽蔑の目ではない。
羽月を対等な人間として見てくれている。
「私と、一緒にいてくれる……?」
だからきっと、大丈夫だ。
「もちろんですわ!」
その太陽のような眩しい笑顔は、この短時間で、どれほど羽月を救ってくれたことか。
即答した花姫は、それと…と、付け足す。
「私はあなたの容姿が違うからといって、特別扱いしたりはいたしませんわ。良くも悪くもね」
淡々と告げられた言葉は、彼女が言う通り、良くも悪くも働くものだ。
つまり、彼女からは、深夜や幽見のような気遣いは求められないということなのだから。
しかし、羽月はそれで充分だった。
「話してくれてありがとう。羽月」
「ううん、私こそ。拒絶しないでくれて…ありがとう」
彼女が過去を受け入れてくれた事が、何より嬉しいことなのだから。
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「はぁっ……。疲れたな」
彼女たちを見送った後、深夜は貸し出し人の所へ戻り、いくつかの曲を弾かされたのだった。
久しぶりだったため、指が疲労で痙攣し始めている。
「うわ……気持ちわりぃ…」
自分の指を見て、思わず愚痴をこぼす深夜。
眉を顰めると、再度ため息をついたのだった。
「羽月、上手くやれてるかな」
ふとした瞬間浮かぶのは、やはり彼女の事で。
嫉妬といい、過保護さといい、最近はやけに彼女のことばかり考えている。
──やっぱり俺、羽月の事…
「つーか、んなもんわかってただろ。最初から」
誰もいないことをいいことに、独り言を呟きながら帰路を進む。
羽月に聞かれたらと考えるとかなり危険なことをしているのだが、深夜は気づかない。
──早く羽月に会いたいな……
思わず甘えた考えが浮かび、慌てて深夜は首を振る。
そして、S105号室のドアを、思考を振り払うように勢いよく開けた。
「おかえりなさい。深夜くん」
ドアを開けた目線の先、正面には丁度窓がある。
その窓に背を向けるようにして、一人の少女が立っていた。
ふわふわと風になびく、カールしたボブヘアー。
たっぷりとレースをあしらったスカートがふわりとはためく。
垂れ気味の目は、子犬のようなつぶらな瞳をしていて。
深夜はその姿に、見覚えがあった。
「桃音……?」
目を見開いて、驚きを隠せずにいる深夜を見て、少女はクスリと笑うと、ドアまで歩き、閉めた。
「うん、そうだよ。深夜くんの幼馴染みで、貴方をこの世で1番愛する人」
「は──────」
思いがけぬ告白にあっけに取られ、思わず声を漏らした深夜は
「っ!会いたかったよ、深夜くーんっ!!」
抱きつく、というよりも、突進してきた少女に押し倒された。
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「そう言えば、彼───深夜とはどういう関係なんですの?」
はたと思いついたように発せられた疑問に、羽月は首を傾げる。
「どういう……。友達、かな」
改めて聞かれると、なんて答えていいのかわからず、つい疑問形になってしまう。
その答えに、花姫は意外そうに瞬いた。
「それだけ?」
「え?他に何かあるの……?」
「私はてっきり、お付き合いされてるのだと思っていましたわ」
え、と無意識に声が零れた。
その表情は、羞恥というよりも、驚きに近かった。
そんなこと、今初めて意識したとでも言うように。
「そんなおかしいことでも無いでしょう。貴方方の信頼度を見ていれば、そう思うのも当然ですわよ?寧ろ貴方は彼にそういう感情はないんですの?」
不思議そうに尋ねる花姫は、若干前のめりになりながら羽月を見つめる。
一方羽月は、自分の気持ちがわからず、視線を泳がせていた。
「そういう感情……」
「羽月は深夜のこと、好き?」
直球な問いに、羽月は息を飲む。
「好きかと聞かれたら、好きだよ。……でも、それがそういう───恋人とかに対する気持ちかと言われたら、分からない。そもそも、どういう気持ちがそれを表すかも、私には分からないから」
眉を下げて羽月は己の無知を嘆く。
自分は本当に、今までの人生を無駄にしてしまったのだと、最近はよく痛感する。
「なるほど。恋愛感情に鈍いのかもしれないと思ってはいたけれど、根本的な問題ですわね」
呆れたように笑う花姫は、瞳に真剣な色を称えて口を開く。
「それなら、これから知っていけばいいのよ」
「これから……?」
「えぇ。私達にあまり時間はないけれど、彼が貴方にとって、とても大切な方であるのは事実なのでしょう?なら、あとはその感情が恋かどうかを確かめるだけ」
「……確かめる」
花姫の言葉に、羽月は深夜から借りていたパーカーを握りしめた。
「モタモタしていると、他の方に取られてしまいますわよ?」
からかうような言葉に、羽月は身を引きしめる。
今の場所だけは、絶対に失いたくない。
「羽月なら大丈夫ですわ。自信を持って」
そう微笑んだ彼女は、とても頼もしかった。
そんな彼女から貰ったエールは、羽月の心にしっかりと刻まれた。
「うん。頑張るね」
羽月が頷くと同時、外でチャイムが鳴り響く。
「あら、もうこんな時間ですの?」
「それじゃあ、私そろそろ帰るね」
立ち上がると、羽月は軽く頭を下げる。
「今日は本当にありがとう。花には感謝してもし足りないよ」
「いいえ、私の方こそ。話し相手になってくれて───いいえ、違うわね」
思い立ったように首を振ると、
「私の友達になってくれて、ありがとう……!!」
満面の笑みを浮かべた。
羽月は息を飲む。
お礼を言われる。それだけのことが、こんなにも嬉しいなんて、昔の羽月は絶対に知らなかった。
「またお話しましょう」
自然に浮かんだ笑顔。
“友達”
なんて素敵なのだろう。
「うん……!」
夕陽が差し込む病室で、2人の少女は笑いあったのだった。