誓ったはずの、きみへの愛
メリッサ。
名前を、呼ぶ。
誰に呼びかけるより多く口にしてきた名前。それひとつで記憶と感情がぐるりと僕の中で渦巻いて膨れる。
メリッサ。メリッサ。
返る声のないことに、喉の奥が熱く痛む。
メリッサは僕の人生においてとてつもなく大きな存在だった。
知っていた。ともに過ごした時間の長さも、思い出も、比較出来るような相手など他にいない。
後で悔やむからこそ後悔なのだとはよく言ったものだ。失って、もう戻らないとなってから、何があったにしても手放すべきではなかったのではないかと後悔が押し寄せる。
「……もう遅いというのに、」
好きだった。愛していた。強く強く、自覚する。
パラ……と乾いた音がして、窓が開け放たれていることに気づく。
そのままにされた部屋でも、掃除は生前通り行き届き、空気の入れ替えも頻繁に行われているのだろう。奥にはカーテンが下ろされたベッド、僕からのプレゼントは大切にしまってあると見せてくれた飾り棚の付いたチェスト、語り合った本が整然と収められた本棚、窓辺の机には主人を偲んでか、彼女が好む凛と美しいローゼンタスの花が花瓶に挿されていた。
パラ……と乾いた音がして、机の上には花瓶だけでないことに目を留める。
机に設えられた棚には本が何冊か、そして一冊は誰かが開いたままだったようで、窓からの風にページが繰られていく。
部屋はそのままにしていると、伯爵は言った。
ならば。……それならば、これを開いていたのは本人なのではないのか。
毒を呷る、その寸前までの様子が浮かぶ。いや、もしかすると備え付けのこの椅子に腰掛けたままで倒れたのかもしれない。
引き寄せられるように、机に近づく。
パラパラと静かな音をさせているそれに、ためらいがちに手を伸ばす。一度閉じ、最初のページを開く。
懐かしい筆跡が、目の前に広がった。――それは、日々の出来事を綴ったもののようだった。
メリッサが毎日の習慣としていることは本人から聞き知っていた。続けるコツは無理をしないことだと言っていた。もしかするとこの机に設えられた棚に収まっているものはすべてそうなのかもしれない。
どくり、と胸が大きく鳴った。
他人の秘密を覗く行為に後ろめたさを覚え、それでも知りたいという感情、知れば戻れないような焦燥感による葛藤に、浅くなる呼吸。
震える手でページを繰る。
メリッサの視点で、立場で記された記録。
一枚、一枚と進むたび、丁寧にペンを運ぶ姿が目に浮かび、何気ない日常さえもがとても愛おしく描き出される。二人で重ねてきた思い出、積み上げてきた過去。
言葉数が少なくとも彼女の気持ちは伝わってきていると思っていたけど、受け取りきれていなかった愛を知り、そうして訪れる苦しみと絶望を知った――。