たとえば運命の1日があるとすれば
ほどなくして、システム部さんがやってきた。

秘書室フロアにマウスを持って入ってきた、私と同年代の男性、見るからに“機械に詳しい男子”的な見た目だから間違いないはず。

私は手を挙げ声をかけた。
「お電話した外山は私です。わざわざすみません」

彼は会釈をして私の席に向かってきた。

中肉中背。これといった特徴はない。

なのに、なんだろう、穏やかで、清々しい感じがする。
体育会系の爽やかさではないのだけれど。

「システム部の滝沢です。言うことをきかないというマウスはこちらですか?」

「そうなんですよ」

「ちゃんとエサあげてお世話してますか?」

表情も口調も変えずに言ったものだから、聞き間違いかと思って、頭の中で反芻してしまったけど。

うん。確かに聞いたな。

で。

……おお、なるほど!マウスだけに!

ツボにハマった。
じわじわくる。

そんな私をよそに、平然とした様子で「失礼します」とマウスを動かす滝沢さん。

「ああ……これはホイールがお亡くなりになってますね」

「マウスちゃん、酷使しすぎましたかね。たまに拭いてあげてましたけど、エサはあげたことないですからね〜」

滝沢さんはかすかに微笑んだ。

ノリを受け入れてくれる雰囲気を共有できて、心が温かくなる。

「交換しますね」

彼は酷使されたマウスを外し、持参してきた新品マウスを接続する。

あー手つきがシステムの人っぽい。

機械に優しい感じ。

しかも手が綺麗。
指が長くてすらっとしていて。

動作確認するためにダブルクリックする仕草に、なぜかグッときてしまった。

「交換終了です」

「なるほど、そうやって優しくすると、言うこときいてくれそうですね」

「……優しいですか?」

「はい」

いいなぁ、と思った。

優しくすることが普通って、いいなぁ。

心がふっと明るくなった。

光がさしたみたい。
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